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「時空を旅する」no.4

  懐かしき我が上高地 
 2019年以来、実に3年ぶり。日中、西穂高、焼岳の山嶺を歩き、夜間、山麓の宿で仕事にまつわる想を練るため、10月初旬、上高地にしばし逗留した。到着した翌日、熊が目撃されたという情報掲示が散見される道を、昼食を挟んで、大正池ルート、明神池ルートに分けて散策した。大正池ルートでは、至る所で猿が集団で騒いでいた。静かさを求めるために、脇のアスファルト舗装された歩道に出た。面白いことに、母猿であろうか、ついてきて急に前に出て、筆者の顔の様子を伺った。その反り返った仕草が人の子どものようで実に面白いのであった。ここで食べ物をあたえる人もいないであろう。餌やり禁止掲示を守り、無視して歩くと、しばらくしてあきらめ戻っていった。後ろ姿に、上高地で過ごす猿たちの生活感が溢れていた。
 明神池ルートは、周知のようにだらだらとした遊歩道を登っていく。明神池を通り過ぎ橋を渡ると、途中で徳澤園へ向かう山道に分岐する。山気が頬にあたり気持ちがよい。まだその程度の寒さなのである。徳沢園のキャンプ場では、ゆく夏の名残を惜しむように、老壮青様々によって、所せましとキャンプのテントが張られていた。横尾まで行きアルプスの峨峨たる山容を前にして、懐かしく自然とこうべを垂れてひれ伏した。まだ紅葉が始まったばかりなのに、実に多くの人、人で山道も混雑していた。戻ってみると、バスセンターで、あわただしくバスが発着を繰り返していた。そこには、これまでと変わらぬ夏の喧騒の上高地があった

明神橋周辺

しばらく来なかったので、河童橋が懐かしく思えた。橋の上でアルプスの山峰を眺めながらしばし佇むと、足元をさあーっと流れる梓川の流れが耳に入って来た。

河童橋

 来る人ぞ同じにあらず橋のうへ あまたのおもひながす梓川 白鳥修平

 この河童橋の上に立って峨峨たるアルプスの山容を仰ぎ見上げた人達は、一体、どれぐらいいるのだろうか。思わぬ僥倖に恵まれることも多いであろう。然るに、人の世は無常なり。其の様々な想い思いを人は梓川に流すのである。梓川はあくまでも澄み渡り人の想い思いを溶かしてとわに流れていく。生と死は鏡像である。此岸と彼岸。これが、人の世の制約である。だれもがこの制約の中で生きていることが突如として気づかされる。西側という懐かしい言葉が政治家によって語られる時代が再び到来した。

明神池の紅葉

 この地の紅葉はまだ始まったばかりだ。明神池の辺りを散策していると、年老いた父親を囲んで歩くご家族に出会った。それが、一組どころではない。三々五々、幾組にも出会った。すべてが、父親の手となり足となって抱えてゆっくりと進んでいる。その主は、大体において、背丈はともかく、肩幅が広く恰幅がよい方々であった。偶然かも知れないが、その方々が、かつて常連の登山者ではなかったかとふと感じた。この地に別荘を構えている方々であったかもしれない。紅葉の盛りでは、寒すぎるのかもしれない。意気揚揚とヘルメット付ザックを担いで登攀に向かう登山家集団もいる。なぜか、筆者は山男よりも、これらの方々の方がこの地の景観としっくり合う様な気がしたのである。


明神池

 自然はアートである。これはリフレクションである。二度とない画像であるだろう。筆者は、理論的には鏡像という概念を探求している。したがって、リフレクションは趣味の一つである。リフレクションは量子力学の初歩を思い出させてくれる。

今回の上高地で一番気にいった写真 

 ところで登頂の方はどうなってしまったったのか。大抵の登山愛好者の方々は登頂したその山頂で記念写真をとり、頼まれてもいなのに山の仲間たちにその写真を送り付ける。筆者も巷の登山サークルに入っている。といっても熱心なメンバーであるはずもない。思わず笑ってしまうのは、夏はそれらの写真でLINEなどのSNSが混雑することである。整理に時間がとられるので、大抵は消去している。それどころか、山の記事をグーグル検索してその記事を張り付けてご丁寧にメールが送られてくる。空前の登山ブームである。登山者の自己顕示欲も花盛りである。筆者にはそのような習慣も趣向もない。ましてや、日本の百名山に入るような名峰に登頂して、人に写真を送り付けるということはしない。それはあまたの登山者が登頂しているからである。また多くの観光雑誌や山行雑誌などによって詳しく紹介されている。自分が不完全なそれらの上書きをすることは時間の無駄である。筆者は、日本の孤高の登山家加藤文太郎を常々尊敬している。単独山行がほとんどである。山頂で、よほどのことがない限り、登山者に写真を頼むことなどしない。ということで、登頂の写真は省略する。
 3年ぶりの上高地はいつもの初秋の上高地であった。筆者が逗留する宿のランクが上がっただけである。



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