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井上尚弥選手から学ぶ「往診屋」の心構え

5月6日、ボクシングの井上尚弥選手がルイス・ネリ選手と戦って勝利し、チャンピオンを防衛した映像を何度か振り返って見た。
見れば見るほど、井上選手はボクシングの奥の深さを教えてくれる。

我々在宅医療現場で戦う者にとっても貴重な教訓がいくつかあった。今回はそのうち、井上選手がダウンしたシーンから学ぶことを記したい。

1ラウンド、これまで1度もダウンしたことのなかった井上選手がネリ選手の左フックを顔面に浴びて倒れた。
当然、焦ってしまうところだが、井上選手はダウン後すぐに膝をついた姿勢をとり、カウントを8まで数えてから立ち上がった。慌ててすぐに立ち上がろうとはしなかった。8秒の間でできるだけ休み、何が起こっているかを頭の中で整理しているようだった。

我々往診や在宅医療現場でも、思わぬダウンをすることがある。
この疾患の、この症状の人ならこの治療、と一定の治療パターンがあるが、その通りにやってかえって状態が悪化することがある。
治療面だけではない。患者や家族に対する説明や物言いが思いがけず不興を買うことがある。悪い態度をとったり変な言葉を使っていなくても起きる事態である。
その他、準備物が整ってなかった、スタッフへの指示が伝わらなかった等在宅医療現場は想定外のことが起きやすい。

思いがけず倒されてしまった時、焦ってすぐに立ち上がろうとせず、井上選手のように短時間で冷静に自分の心を整えたい。

また、何人かの解説者が語っていたように、井上選手は自分がダウンさせるシーンを事前にシミュレーションしていたのだろう。そうでなければあのように落ち着いて振る舞うことは不可能だろう。

プロになって一度も負けたことがなく、一度も倒されたことがない、無敵のチャンピオンがダウンした時のことを想定して事前に訓練している。

私は在宅医療現場でしょっちゅうダウンしているのに、次の機会にもやはりうまくいかないと焦ってイライラしている。何と大きな違いか。

改めてこの試合の動画を見ていると、さらに感心させられたシーンがある。
ダウンを喫した1ラウンドと2ラウンドの間の休憩時間に、会場の東京ドームでは大型スクリーンにその衝撃のダウンシーンがスローモーションで映し出されていた。それを井上選手はじっと食い入るように見ていた。

悔しいとか反省しているとかいった表情ではない。そのシーンで何が起こっていたのか、なぜ自分がダウンしたのか、相手のパンチはどういう軌道を通って自分の顔面に当たったのか、短い時間で把握しているようだった。

まさに、往診や在宅医療現場において見習いたい態度だ。
失敗したり想定よりうまくいかないと、後悔や反省ばかりが頭の中を占めてしまう。もっとひどいと、どうやって言い訳しようかと考え始める。

そうではなく、うまくいかなかったら短時間でその原因を探って次に同じことをやらないようにする。

井上選手がダウンした後、膝を突いた姿勢でカウントを聞いていたシーン、ラウンドの間で自分のダウンシーンを映像で確認していたシーン。
教訓として刻みたいと思っている。

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