橋本脳症

歴史/疫学

橋本病に伴う脳症としては, 粘液水腫性脳症が知られていた. 近年, 甲状腺機能異常によらない自己免疫的機序による脳症の存在が明らかになり, "橋本脳症"と呼ばれている.
早期診断のための特異的な診断マーカーとして, 福井県立大学 米田誠先生らの研究から, 橋本脳症患者血清中にα-エノラーゼのN末端 (NAE)を標的抗原として認識する疾患特異的な自己抗体が存在することが明らかになった.

【疫学】
20-30歳台と60-70歳台の二峰性分布 男女比 1:5

症候

急性の意識障害や精神症状を呈する脳症型が58%
ついで精神病型が17%, 小脳失調型が16%など

意識障害 66%, 精神症状 53%, 認知症 38%, 不随意運動 31%, けいれん 29%, 失調 28%

発熱を含む全身症状はなく, あるとしても稀

検査

抗甲状腺抗体 は全例で陽性
(TPO+TG 52%, TPO 21%, TG 18%, TSH-R 9%)
72%でeuthyroid, 25%で軽度低下, 3%で一過性に亢進
*一般集団でも陽性例は多く(例: TPOAb 13%で陽性), 疾患特異的ではない

抗NAE抗体 感度 約50%, 特異度 90%
 うわずみ血清を保存・凍結しておいてあとで測定する可能
 コスミックコーポレーション 38,000円 研究用
 血清 500μL
 30営業日かかる

 特異性がないとする文献も

脳波異常 80% [基礎律動の徐波化], 脳SPECTでの血流低下 76%, 頭部MRIは6割で正常
髄液の蛋白・IgG上昇 45%

診断

・TPOAb or TgAbの上昇 + 橋本脳症に矛盾しない臨床症状 + ステロイドに対する反応性 で定義されることが多い
・甲状腺機能はhyper/eu/hypo thyrodismいずれもある
・除外診断も重要

Graus
1. Encephalopathy with seizures, myoclonus, hallucinations or stroke-like episodes
2. Thyroid disease (subclinical or mild overt)
3. Brain MRI—normal or with nonspecifc abnormalities
4. Serum thyroid antibodies present (no specifc disease—cut-of value)
5. Absence of other neuronal antibodies in serum or CSF
6. Exclusion of alternative causes of encephalopathy by diferential diagnosis

鑑別診断~自己免疫性脳炎など~

自己免疫性脳炎 の鑑別 (Lancet Neurology 2016, Neurology 2020)
NMDAR, LGI1, CASPR2, or GABAaR a

原因不明の脳症
→ 血清・尿検査
→ CT/MRI
→ 脳波/髄液 感染・変性疾患を探る
→ 自己免疫的機序
血管炎:MPO-ANCA, PR3-ANCA, dsDNA, Sm, Ro/SS-A, La/SS-B, RNP, ヒストン, Scl-70, セントロメア, Jo-1
橋本脳症:
辺縁系脳炎
idiopathic: VGKC, LGI1, Capr2, NMDA, GABA A/B-R, AMPAR, mGluR5, D2R, DPPX, GlyR, lgLON5
paraneoplastic: Hu, CRMP5/CV2, Ma2, Ma1, antiamphiphysin
*商業ベースで測定可能な抗神経抗体は全体の4割ですべて保険適用外
*それ以外の抗体は国内外の研究機関に依頼する必要がある

possible autoimmune encephalitisの診断基準 (下記3項目を満たしたとき)
1. 発症から3か月未満の亜急性経過で進行する 短期記憶障害, もしくは精神・意識状態の変化 (意識レベルの変化, 嗜眠, 人格変化) もしくは精神症状
2. 下記の少なくとも1項目
・新たな中枢神経所見
・以前から知られている痙攣発作では説明困難な痙攣発作
・髄液細胞増多 (WBC>5/mm^3)
・脳炎を示唆するMRI所見 (T2強調/FLAIRで辺縁系脳炎を示唆する片側性もしくは両側性の側頭葉内側に限局する信号変化, 脱髄あるいは炎症所見として合致する, 灰白質・白質・もしくはその両者の多巣性病変)
3. 他の原因となる疾患が除外できる
1) 中枢神経感染症
2) 敗血症性脳症
3) 代謝性脳症
4) 薬剤毒性
5) 脳血管障害
6) 腫瘍性疾患
7) Creutzfeldt-Jakob病
8) てんかん性疾患
9) リウマチ性疾患 [NPSLE, 神経サルコイドーシスなど]
10) Kleine-Levin症候群
11) ライ症候群(小児)
12) ミトコンドリア病
13) 先天性代謝異常 (小児)


治療


甲状腺機能異常があれば治療する
痙攣している場合は適切な抗てんかん薬

80%がステロイドに反応良好とあり, "ステロイドへの反応が良好なこと"が疾患の特徴とされていたが, Neurology 2020では完全に反応したのは31.6%
mPSL pulse 3-5日間 → 30-50 mg/day(文献により~150mg/day) PSLの後療法が多い
ステロイドパルス 1クールで効果が不十分な場合は, 1-2クール追加投与を検討する
ステロイドの減量はゆっくり 2-8週毎に2-5mg程度ずつ, PSL 10-15mgを目標に減量する
ただし, 1-2クールのステロイドパルスが著効し, 後遺症が存在しない場合は後療法は数日単位で中止してもよい
PSL 10mg程度で再燃が多い AZA 50-100mg/day併用など

第二選択としてIVIg, PEも考慮される(保険適用外)
第三選択としてはRTX, CyA/Tacなど

橋本脳症は存在するのか?

橋本脳症の報告は自己免疫性の脳炎が認識され, 抗体がわかってくる以前からみられていた. このため, TPO抗体がたまたまであり, ステロイドに反応した"橋本脳症"として報告されてきた症例の中に自己免疫性脳炎が隠れていた可能性は否定できないとされる. また, 抗NAE抗体の陽性例が少なかったとする報告もみられる (Neurology 2020)が, 米田先生らによるとこの原因は測定方法の違いがあったことで, 抗NAE抗体の診断性能を過少評価していた可能性がある.


参考文献

臨床神経 2012;52:1240-1242
日内会誌 106:1550~1554,2017
https://hospi.sakura.ne.jp/wp/wp-content/themes/generalist/img/medical/jhn-cq-fukuchiyama-150601.pdf

BRAIN and NERVE 73巻5号 (2021年5月発行)橋本脳症

Neurology. 2020 Jan 14;94(2):e217-e224. doi: 10.1212/WNL.0000000000008785.

Autoimmun Rev. 2016 May;15(5):466-76. doi: 10.1016/j.autrev.2016.01.014.

https://n.neurology.org/content/reader-response-hashimoto-encephalopathy-21st-century-0

日内会誌 110:1601~1610,2021

Curr Neurol Neurosci Rep. 2023 Apr;23(4):167-175.

Exp Ther Med. 2014 Aug;8(2):515-518.

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