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年祭の数え方

お葬儀を勤め終え、故人のご自宅に戻り、仮の祭壇に御遺骨とともにみたま様を祀ったのち、ヒトコトご挨拶をさせていただくのが常でして。
そして最後に、「今後は五十日祭(と合祀祭)、納骨祭を勤めます。そして定められた年数により、一年祭、五年祭、十年祭と勤め、その後は10年ごとに年祭を執り行います」、と説明します。
年祭の数え方は、いわゆる神式での数え方に依るものです。

ほとんどの各ご家庭では、出直し年を起点として年数を数え、そしてみたま様の年祭を取り行っています。

ところが、仏式の数え方でもって年祭を勤めるご家庭があったり、毎年、お盆の季節や、3月或いは9月の祖霊祭の月や、年末年始に年祭(祖霊祭)を勤めるのが通例になっているご家庭もあるんです。

今週は「年祭の年の数え方」についてのお話です。宜しくお願い致します。


父親から教会長の職を譲り受け、信者さん宅の年祭にも直接関わるようになったある時、とあるお宅から年祭の依頼の連絡が入った。
年祭の依頼が入ると、私は必ずそのお宅の御霊台帳を開き、出直し年月日を確認する。
その時も確認のために御霊台帳を開いたんだけど、「ん?」となった。
どう数えてもキリのいい年数ではない。つまり、何年祭なのか分からない。
そこで父親に尋ねると、「ああ、そのお宅は仏式で年祭の年を数えてるわ」て。
マジか!そんなんもアリなんやぁ、て驚いた。
過去の年祭詞を見ても、確かに三年祭、七年祭、十三年祭とあるではないかっ!
そして今回の年祭の連絡は、十七年祭ということが判明。

当日そのお宅に伺った。家の方は「今日はお法事を宜しくお願いしますね」て。
もう、お寺じゃーん、てなるよね。

そのお宅に出かける前に、父親からはこのように承った。「年祭の数え方は違うかも知れんが、くれぐれも否定や訂正はしないようにな。心を込めてその年のその日を迎えられているんだから。そのお宅にとっては、今日のこの日が大切な霊祭日やで」と。
もちろん、私は心を込めて年祭を執り行いましたよ。そして、ご家族お揃いで、元気で今日の年祭を迎え、次の塚に向けて新たな第一歩を踏み出せたことは、みたま様も充分に満足してお喜びのはずです、と挨拶した。


お盆の季節や年末年始になると、毎年必ず年祭(祖霊祭)を勤めるご家庭もある。大抵の場合、お子さんや親戚が遠方に広がっている本家筋のお宅の場合が多い。
せめて、みんな集まった時には、ご先祖さんにも改めて参拝しよう、という気持ちからだ。
みんなお集まりの場で、まず講社祭を勤め、引き続き年祭(祖霊祭)を執り行う。
素晴らしいなぁ、みたま様もさぞかしお喜びだろうなぁとしみじみと感じますよ。
年祭の数え方に照らし合わせると、ん?となりますが、毎年勤めてもらうことが出来るみたま様って、幸せでしょうね。何がなんでも子孫を見守ってあげたくなるでしょうね。
みたま様のご加護って、目には見えないけど、きっと、確かに存在するものなんだろうな、と幸せそうなそのお宅の皆さんの様子を見てつくづく感じ入りますよ。

いや、誤解しないでくださいネ。
年祭がキチンと勤められずに滞ってるから、そのご家庭はあんまり幸せではない、といっている訳ではありませんからね。まぁ、けど、滞っているのにはそれなりの事情があるんでしょうが、、、
そこは思案のしどころですネ。

昨年、五十年祭を取り行ったお宅が3軒ありました。
五十年祭を迎えることができるご家庭て、よくよく考えてみると素晴らしいご加護を頂かれてますよね。だって、最低でも五十年間、その家は続いてきたんだから。計らずも夭折なさった場合を除くと、故人の生涯年数を加えただけでも百数十年間も続いてきた家になりますよ。

故人の年祭は五十年祭まで、というのが通例でしょうが、その後も60年、70年と年祭を勤めるお宅もあります。
数年前、私共の教会では、初代会長様の百年祭を勤めましたよ。

年祭は、みたま様に喜んで頂くため、今ある命に感謝するため、この先もお見守りをご祈念するため、様々な気持ちからですね。大切なのは、年限を仕切って執り行い、誓いも新たに感謝の祈りを捧げることだと思います。
「この先も、ご先祖様が通った道すがらが光り輝くように、間違いなくその道を歩みますよ」と。

年祭をしっかりと勤める

親孝行

孝心は天(親神様)に通ずる

親なる神様への孝行

弥栄、幸せ、をお見せいただけます

今月(3月)は春季祖霊祭を勤める月ですね。私共の教会でも、しっかりと心を込めて勤めさせていただきます。

よって件の如し。

今週も最後までお読みくださり大変ありがとうございました🙇‍♂️

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