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小説 フィリピン“日本兵探し” (24)

ミンダナオ島ダバオの日本式カラオケ店に、拉致されているはずのハルミがいた。テーブルで向かい合い、この店の主人、ケイコと今後の動きを確認し、同行したNPAの兵士に指示を出していた。
「実行部隊を空路でマニラに送るよう、本隊に伝えて」

ハルミは、マサがレイテ島で行う遺骨収集や現地の人々への奉仕活動、日本人戦没者の慰霊碑の維持・管理などを行っていたが、それは表の顔で、裏の顔はフィリピン政府に抵抗するゲリラのスポンサーだった。ハルミはケイコを通じて、ミンダナオ島の共産系のNPAと、イスラム系のMILF、モロ・イスラム解放戦線への支援を行っていた。カトゥバロガンのホテルでの拉致騒ぎは、ハルミの指示による偽装で、彼女はマニラでの米軍関連施設への攻撃を実行に移す計画を進めていたのだ。

大使館の宮田は、旧日本兵に会っているというアウアウ、NPAのジュン、日本人の振りをしているマリア、そしてマサ一行5人の計9人で船に乗り、白骨の島を目指していた。

空港テロの直後、宮田は、厚生労働省援護局事業課長である本郷に電話を入れた。
「本郷課長、旧日本兵に接触しているという若者がサマール島にいます。旧日本兵が生きているのかどうなのか。危険な兵器を所有しているのかどうなのか、あす確認に向かいます」
「危険な兵器というのは、アレのことか?」
「はい、アレのことです」
「発見次第、即回収だ。分かっているな」
「はい」

そしてその翌日、旧日本兵、谷口四郎少尉がいるとされる白骨の島へ、宮田は共産ゲリラや遺骨収集の一行と共に向かっていた。大海原を見ながら宮田は、タガログ語でアウアウに話し掛けた。マニラ出身のアウアウは、サマール島の現地語、ワライワライ語よりタガログ語の方がネイティブで話しやすかった。
「イリミンタンニオ(洞窟のおじいさん)は、君に優しくしてくれるのかい?」
「うん…、どうして?」
「キミ、人との付き合いがあまり得意そうじゃないから」
「そうだね、ボクは…。イリミンタンニオは優しいよ」
「さっき共産ゲリラの連中に話していたように、僕はイリミンタンニオが日本に帰りたいのであれば、そのお手伝いがしたいと思って来たんだ」、宮田はアウアウに誠意をもって伝えた。
「分かっている。あいつらもいるけど、今回は洞窟にみんなを連れて行こうと思っているよ」

無人島に船着き場はない。浅瀬に近づくと、皆、船を降り、靴を海水で濡らしながら、島の陸地に向かって歩いた。アウアウは、島の太い樹木に、船から出ているロープを縛り付け船を係留した。

その後、アウアウを先頭に、一行は獣道のような、斜面に沿った細い道を進んだ。慣れない上り下りの多い山道を進み、皆の息が上がってきたときだった。道を曲がると目の前に突如、洞窟が現れた。
洞窟の入り口付近には数列に積み上げられた数百もの髑髏が並んでいた。さらに道を進むと、そうした洞窟が1つでないことが分かった。そして、それぞれの洞窟に、無数の髑髏が並んでいた。その並べられ方は明らかに人の手によるもののようだった。そのうちの1つの洞窟にアウアウが慣れた足取りで入って行った。

洞窟はかなり深く、長かった。洞窟の中を流れる水は海水ではなく、真水だとアウアウは語った。懐中電灯の明かりで照らされる洞窟の壁面は水で光り、不気味に光っていた。10分ほど歩くと、長い暗闇の先に、懐中電灯の明かりとは違う別の明かりが見えた。岩と岩の隙間から差し込む外光だった。そこに、1人の男が座っていた。ボロボロになった旧日本軍の制服を身に付けているが、髪や髭は伸び放題というわけではなかった。男は姿勢を正し、神々しく背中に光を受けながら腰を上げた。

タカシは、ビデオカメラを回し続けた。元小隊長と元兵長が前に出た。元小隊長が口を開く。
「谷口四郎少尉殿、私は日本から来た者です。戦争中はあなたと同じ少尉でした。54年もの長きの間、つらかったでしょうね。お疲れ様でした」
「お~、おおおおお!」、谷口少尉は、言葉にならないうなり声を上げた。
元兵長も口を開いた。
「私は、隣のレイテ島で最後まで戦いましたが、死にそびれました。谷口少尉も多くの戦友を亡くされたのでしょうね」
谷口少尉が2人への質問なのか、自分への言葉なのか、日本語で語り始めた。
「やはり戦争は終わっていたのか。アウアウは私の食事の面倒をみてくれた。魚と木の実と草で生きられるものだ。丸福も化学兵器も無人島では何の役にも立たない。アウアウが1枚だけ丸福を大事そうに持っていたから、2人に丸福も化学兵器も渡した」
「2人?」、タカシとマサが反応した。
「ああ、アウアウともう1人、シュウという男がここに来ているよ」、谷口少尉は続けた。
「シュウさんなら日本語しゃべれるでしょ?なんで、戦争を終わっていると、教えなかったんやろ。まさか」、マサの頭をある不安がよぎった。
「財宝も化学兵器も今持っているのは、シュウに違いない。マリアさんは、そんな情報は入らんやったと?ジュンさんからとか」とマサはマリアに聞いたが、肝心のマリアとジュンの姿が、なぜかそこにはなかった。

宮田は、旧日本兵発見の報告を急ごうとしたが、携帯電話は通じない。アキラは走って、マリアとジュンを追った。アキラは通ってきた獣道を走って戻ったが、一足遅かった。樹木に縛っていたロープはなく、船もなくなっていた。アキラが遠くを見つめると、船影が微かに見えたが、やがてそれも消えていった。

飛ぶように走る船の上で、ジュンは携帯電話の液晶画面を覗き込んでいた。サマール島ではなくレイテ島の陸地が見えてきたとき、液晶画面に表示されるアンテナが3本立ち、ジュンは電話をかけた。
「タクロバンから、俺とマリアはすぐにミンダナオ島へ飛ぶ。ああハルミがいるダバオだ。日本兵はいた。だが、財宝や兵器はなかった。日本兵が島から出られないうちに作戦に入る。作戦コードはタニグチレボリューションだ」

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