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小説 フィリピン“日本兵探し” (12)

急に雨が降りだした。先頭を進んでいたパオパオは、皆に民家へ急ぐよう促した。その民家へ行ってみると、そこはパオパオが働いている農園を経営する男性の家ということだった。男性の名前はシュウ。外国人のようだが、タガログ語を話すという。今は外出中らしい。農園で栽培しているのはサトウキビで、その風景はまるで沖縄を感じさせた。

パオパオの出身はマニラだ。フィリピンの他の島からマニラに出稼ぎに行く若者は多いが、パオパオは逆だった。マニラのスラム街で生まれ、そこで育ち、そこを抜け出そうと、他の島に出て、ここの主人に拾われた。

マニラのスラム街。貧しい境遇の子供たちがその日その日を生きるために、ゴミをあさり売り物にして生計を立てている。パオパオはそこである食べ物を売っていた。“揚げパグパグ”というフライドチキンを揚げ直した物だった。仲間がファストフード店から出た残飯を拾ってきて、パオパオが揚げるのだ。その仲間に、アウアウもジェイジェイもいた。彼ら兄弟とパオパオはスラム街の仲間だった。

貧困に疲れていた、パオパオとアウアウとジェイジェイは、ある日、カネがありそうな豪華な邸宅に刃物を持って押し入り、住人を脅してカネを奪った。住人は英語を話す外国人の女性だった。日本人かもしれないし、中国人かもしれないし、韓国人かもしれない。国籍は分からないが、金目の物はあった。金色で中国の文字が書かれたコインだった。そのコインは3枚。それを握りしめ、3人はその邸宅から逃げ出し、港で船に隠れ海を渡った。たどり着いたのがサマール島。そこから逃走を続け、3人は島のジャングルの奥地にある農園にたどり着いた。死ぬほど腹が減っていた3人は、納屋で一夜を明かそうとしていた、その時だった。「誰だ!」、タガログ語で声を荒げ、家の主人が現れた。
「お前ら、何も食べていないのか」とそんな彼らを、農園の主人、シュウはカモテでもてなした。サツマイモだ。それをきっかけにして3人は農園で働くようになった。特にパオパオは真面目な農夫に育っていき1年の月日が流れた。

全てを変えたのは、あの金色に輝くコインだった。1人1枚ずつ3人で分けていたのだが、いつしか、アウアウとジェイジェイはシュウの農園に窮屈さを感じるようになり、あることを考えるようになっていた。
「あれが本物の金貨なら、20万ペソ(50万円)ぐらいになるはずだぜ」とジェイジェイが言った。
「なら俺のコインと合わせれば、40万ペソ(100万円)か?」、アウアウもその気になり、ある夜、2人はシュウの農園を飛び出した。

カルバヨグの街に出た2人は、両替商を最初訪ねた。しかし、「これをどこで手に入れた?」と尋ねられ、アウアウはコインを奪い取るようにしてつかみ、外に逃げ出して2人は海の方へ一目散に逃げて行った。ジェイジェイはあと1軒、両替商か質屋を訪ねることにしていたが、アウアウは自分が犯した罪におびえ、港に置きっぱなしの古いボートに乗り込み、無人島に行くと言い出した。マニラから警察が追って来ても、無人島なら逃げられると考えたらしい。無人島をさまよって数日後、再びカルバヨクに戻ってきたアウアウはジェイジェイと再会し、その頃から日本兵の話をするようになった。

「島の洞窟でおじいさんに会った。このコインを見たら泣いたんだ」、アウアウがジェイジェイに語った本当の話は、無人島での出来事のようだ。ジャングルの洞窟の話ではなかったのだ。パオパオはそれを知っていた。アウアウとジェイジェイは先月、いったん農園に戻って来て、その後、また街に出たときに、共産ゲリラのジュンに拉致された。金貨を持っていたからだ。

「その金貨を見ることはできますか?」と、タカシはパオパオに尋ねた。パオパオは、「コインは主人のシュウに預けている」と答えた。「なぜ?」と聞くと、パオパオは「シュウはそのコインが何なのかを知っているようだったから」と答えた。

「どちらにせよ。アウアウは、共産ゲリラのところから取り返さんといかんね」とマサ。
「お願いします。あいつらに拉致されたなら、すごく暴力を振るわれているはずです」とパオパオはマサに縋るように頼んだ。こちらには自動小銃が3丁、ピストルが4丁ある。
「あいつらには負けんばい」とマサは胸をたたいて、その依頼を引き受けた。

元兵長は銃に詳しかった。滝の水に浸かった自動小銃2丁は、いったん分解して、全体の汚れや水分を拭き取っていく。それが済むと銃身に布を先に付けた棒を差し込んで磨いていった。機関部を磨いた上で、組み立てを始める。最後に、自動小銃を構えて外を狙って空撃ちした。元兵長は、同じ手入れを、水に濡れたもう1丁の自動小銃にも施した。マガジンには30発ずつの弾が装填されている。3丁の自動小銃に対し、マガジンは6つ手に入れた。2つずつの計算だ。トリガーに指をかけ「十分じゃないですか」、元兵長はにやりと笑った。

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