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イカ珍味の女



昼間の熱が冷めないまま夜になってしまった様な相変わらずの夜だった。
今晩も熱帯夜になるのかと思うと、このまま独り暮らしのマンションに帰る足が、自然と重くなって行くのを大下宗吾は感じずにはいられなかった。
近所にあるコンビニの明かりに、暑さのせいなのか自然と体が吸い寄せられて行く。
自動ドアを抜けると、そこは別世界と感じる位涼しく宗悟は『あ〜、生き返った〜』と心の中で叫んでいた。
そう言えば、確か冷蔵庫のビールが切れていた事を思い出し、近くの籠を手に取ると、ビールを3本籠に入れ、おつまみの置いてあるコーナーに行った時に、その女と出会った。
その女は、季節限定のイカ珍味を手に持って静かに泣いていた。

そんなにイカ珍味が好きで泣いているのか?
季節限定と書いてある為、出会った事に運命を感じて泣いているのか?
それとも、イカ珍味に恨みでもあって、憎くて泣いているのか?

謎が解けないまま、しばらくその女を宗吾は近くで眺めていた。
しばらくして、女が宗吾に気付くと、

「ご、ごめんなさい」

女はそう言うと、イカ珍味を元の場所に戻すとレジに向かって歩いて行った。

えっ?えっ?イカ珍味!元の場所に戻すの?結構握り締めて、パッケージぐしゃぐしゃなんですけど?もしかしたら、涙とか付いちゃってるかもしれませんけど?

と、言えたら良かったのだが、宗吾は言葉を飲み込んで女の返したイカ珍味を仕方無く手に取ると、籠の中に入れてビールと一緒にレジへと向かった。
レジには既に女の姿は無く、
『あれは一体なんだったんだ?』と思いながら会計を済ませると、まだ暑い熱を持った外界に身を呈し宗吾は家路に就いた。

それから2日後、宗吾はあのコンビニで朝食用の食パンを買いに寄っていた。
ふと目の端にあの“イカ珍味の女”の姿が視界に入った。宗吾の中で女の名前は“イカ珍味の女”になっていた。
そして、やっはり“イカ珍味の女”はあのイカ珍味を手に持って泣いていた。

泣くほどイカ珍味が好きなのか?

宗吾は少しは離れた場所から“イカ珍味の女”を見ていた。
“イカ珍味の女”はよく見ると、中々の美人でノースリーブのワンピースから覗く白い腕が、イカ珍味を持って泣いている事もあって、なんだか艶めかしく感じていた。
『イカ珍味を持って泣く女に艶めかしいって俺は一体何を考えているんだ!』

と、“イカ珍味の女”と宗吾の目が合う。

“イカ珍味の女”は泣いている所を見られた気不味さからか、小さくお辞儀をすると、またイカ珍味を元の場所に戻し、小脇に抱えたペットボトルの水を手に持ち直し、宗吾の横を通り過ぎてレジに向かって歩いて行った。
宗吾がレジの方に振り返り“イカ珍味の女”をしばらく見ていた。
“イカ珍味の女”はレジを済ませると、宗吾の視線にまた小さくお辞儀をしてコンビニを後にした。

て、おい!“イカ珍味の女”!また、イカ珍味元の場所に戻したよね?そう思いながら、つまみのコーナーに行くと、やっぱりパッケージがぐしゃぐしゃになったままのイカ珍味が申し訳無さそうに、元の場所に置いてあった。

宗吾はため息を付くと、持っていた食パンと一緒にイカ珍味を手に取るとレジで会計を済ませた。

俺は一体何やってんだ?まあ、この季節限定のイカ珍味思いの外美味かったから、良いけど。

と独り思いながら、アルファルトの熱がまだ体に纏わり付く蒸し暑い中、家路に就いた。

それからも宗吾が仕事帰りにあのコンビニ立ち寄ると、“イカ珍味の女”はやっぱりおつまみのコーナーでイカ珍味を手に取り泣いていた。
いい加減泣くのはどうなのか?と宗吾も少しずつ思い始めていたが、訳も無く(いや、訳なら有るのか?)声を掛ける事も出来ず、少し離れた場所から“イカ珍味の女”を眺めているだけの宗吾だった。

次の日、夕立が降ったお陰なのか、アスファルトの熱も幾分冷めて少し過ごし安い夜だった。

宗吾はまた何時もの様にあのコンビニに立ち寄ると、気が付くとあの“イカ珍味の女”の姿を探していた。店内を見渡したが、“イカ珍味の女”の姿は見当たらなかった。

まあ、そりゃそうか。何時も出会える訳じゃないし、何時までもイカ珍味を持って泣いているのも、元々どうかしていた訳だし。そう思い手にした冷やし中華をレジに持って行き宗吾は会計を済ませた。

自動ドアから外に出る時に、あの“イカ珍味の女”とすれ違った。
宗吾は微かな香水なのか何なのか分からないが、その匂いにつられて振り向いたが、自動ドアは閉じられ“イカ珍味の女”の姿は見えなくなっていた。
良い匂いがしたからってどうなんだ?自分でも可笑しくなって宗吾は独り笑っていた。

すると、突然後ろから肩を叩かれた。

驚いて振り向くと、そこに“イカ珍味の女”の姿があった。
“イカ珍味の女”は宗吾の目の前にあの、季節限定イカ珍味を差し出すと

「何時も声を掛けずに黙って見ていてくれて、ありがとう」

“イカ珍味の女”はそう言うと、イカ珍味を宗吾に渡し、コンビニの店内に戻って行った。

????

何だ?俺が何時も見ている事に、“イカ珍味の女”は気付いていたのか?
宗吾は左手に持ったイカ珍味を見て、
なんだ、だったらもう少し早くに声掛けてくれれば良かったのに。と少し残念に思った。

今度は見掛けたら、“イカ珍味の女”じゃ無く、ちゃんと彼女の名前を聞こう。
そして、何故イカ珍味を手に取り泣いていたのか聞いてみよう。

と宗吾は独り思いながら、夕立の後の濡れたアスファルトの上を何故か足取り軽く家路に就いたのだった。

それから1週間後、宗吾が、コンビニに立ち寄ると、おつまみコーナーにはあの季節限定の、イカ珍味は姿を消し、違う珍味が置かれていた。

季節限定だけあって、そんなに長くは置いてないか。
宗吾はなる程な。とも思い、
もしかしたらもう
“イカ珍味の女”の彼女に、会う事が無いのかと思うと、何故かがっかりしている自分に驚いていた。

「季節限定イカ珍味。終わっちゃいましたね(笑)」

そこには、笑顔の“イカ珍味の女”の彼女が立っていた。

「そのイカ珍味、別れた彼が好きでよく買っていたんです。でも、季節限定終わっちゃったから、泣くのはお終いにしました(笑)」

“イカ珍味の女”の彼女はひとしきり話すと、小さくお辞儀をして宗吾の横を通り過ぎようとした。

その時、宗吾は振り返り“イカ珍味の女”の右手を掴むと
「な、名前。あなたの名前を教えて下さい」

宗吾の声は上ずったが何とか言葉に出来た。

“イカ珍味の女”の彼女は振り向くと

「櫻井亜由美です。あなたの名前は?」
「お、俺は、大下宗吾」
「宗吾。素敵な名前ね(笑)」

そう言って、右手を丁寧に離すとレジに向かって歩いて行った。

“イカ珍味の女”改め、櫻井亜由美。

亜由美さん、今度は僕のおつまみ選んでくれませんか?

宗吾は今度あった時に、そう声を掛けようと心に決めビールの棚から冷えたビールを取り出した。

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