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冷静な芸術家 デニス・ベルカンプ

「カッシーナ」や「コールマン」など、体操競技の技には国際大会でその技を成功させた選手の名前がつけられることが多い。フットボールは技術の難易度や美しさで勝敗を決めるスポーツではないため、このような例は皆無だが、ひとつだけ例外がある。

「ベルカンプターン」。プレミアリーグの2000-01シーズン。アーセナル対ニューカッスル戦の後半11分。その劇的な瞬間が訪れる。アーセナルのMFロベール・ピレスが左サイドを駆け上がり、ゴール前の中央付近で敵DFを背にしていたデニス・ベルカンプにグラウンダーのパスを送る。ベルカンプは左足インサイドのフェザータッチでボールを右側に出した瞬間、自らの身体を左側にすばやく反転させる。そしてボールに反応したDFと一瞬で身体を入れ替え、ゴールに走り込んだベルカンプの足元にボールがそのまま吸い込まれていき、そのボールを冷静にゴール右隅に流し込んだ。

 まばたき厳禁、スローモーションのようなこの美しいトラップ&ターンは「ベルカンプターン」と呼ばれ、イングランドサッカー協会がプレミアリーグ発足10周年を記念して企画したベストゴール特集で栄えある第1位を獲得した。

 デニス・ベルカンプ。オランダのアムステルダム出身。常に冷静な表情とプレースタイルから「アイスマン」と呼ばれた男は、地元の名門アヤックスで17歳のときにデビューし、1990年から3年連続でエールディヴィジの得点王を獲得。その後、鳴り物入りでイタリアのインテルへ移籍するが、水が合わなかったのかそこでは十分な活躍はできず、1995年にアーセナルへ移籍。名将アーセン・ヴェンゲル監督の下、ピレスやティエリ・アンリ、シルヴァン・ヴィルトール、パトリック・ヴィエラといった有能な選手たちにも恵まれ、チームの柱として活躍した。

 ベルカンプの最大の魅力は、唯一無二のイマジネーションあふれるプレーであろう。とりわけトラップについては超絶的なテクニックとアイディアを持ち、そこから流れるようなシュートやパスを繰り出す。流麗な一筆書きの書画のように動作が連動し、無駄がなく、品がよく、美しい。オランダ代表として出場した1998年フランスW杯、アルゼンチン戦で巧みなトラップから決めたゴールは、オランダ美術界の巨匠レンブラントの筆さばきのようだと絶賛された。

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