オナラ事件 【オヤジの観察 #16】
あるサイトの投稿で小学生のいじめ事件が目に留まった。
ボス的な存在で可愛い女の子が放ったオナラ、その濡れ衣を着せられた子が「オナラ」というあだ名まで付けられ不登校になったという。
身につまされる痛ましい話、オヤジ(一五少年)が小学校高学年の頃に起こしたある事件が脳裏をよぎる。
半世紀以上の歳月が流れた今日に至ってもあの時のことは鮮明な記憶として刻まれている。
まるで心臓の鼓動が耳元で聞こえるかのような、不安と緊張に満ちたとても怖ろしい時間だった。
もし、あの時、犯人と特定されていたら、人生、終わっていたかも?
シャイで気の弱い一五少年にとって、それほどに大きな出来事だった。
事が起きてから事態が収束するまで、随分と長く感じたが、実際には10分足らずのことだったのかもしれない。
1学年だけで250名もの生徒を抱える市内屈指のマンモス校、
その日、学年全員を集めた映画の実写上映会が体育館で行われていた。
体育座りですし詰め状態、会場は生徒の熱気でムンムンしている。
一五少年は朝からおなかの調子が悪い、なんとなく一抹の不安を感じていた😥。
不安はまさに的中、上映会も中盤に差し掛かった頃、おなかが張ってガスが溜まってくるのを感じていた😰。
当時は大便所に入るだけでもウンコ虫といじめられるような時代、大勢がいる場所でオナラを放ったと知れ渡ればウンコ虫どころの話ではない。
さらに、すし詰め状態で多くのガス被害者が出たとなれば、スカンクと名付けられてさらし者、絶望的な未来が見えている。
その恐怖と戦いながら、出かかったオナラを押し戻すこと何度か、その間隔もだんだんと短くなってほぼガマンの限界に近づいていた😰。
体育館の中は暗幕で薄暗い、左右を見ると隣の生徒の輪郭さえボンヤリしている。
「やり切るしかない」
常日頃鍛えた『すかしっ屁』に多少の自信があった一五少年、
一世一代の勝負に出る。
シューーーーッ
肛門に全神経を集中して音を立てずに出し切った。
・・・・・・・・🙄
「ウワーッ、くっせー😵」
「ゴホゴホッ、くっせー、誰だ、誰だ😵💫」
瞬く間に周囲で上がる悲鳴に怒号、一五少年を中心とした同心円内は大騒ぎ😖。
まるでバキュームカー、ガマンを重ねたストレスも影響したのか?
ぶっ倒れそうになるほどの臭い、大騒ぎになるのも無理はない。
一五少年も暗闇の中、周りに合わせて大きな声で叫ぶ。
「誰だ、誰だ、くっせー、あっちだ、あっちだ」
あらぬ方向指差し、自分は無実と猛アピール、
顔は真っ赤、全身汗だく、まさに生きるか死ぬかの戦い。
あっちもこっちも、くさい、くさいの大騒ぎ、臭いは広く拡散していた。
しばらくして、臭気は消えて、騒ぎも沈静化した。
上映会終了、照明が付いて館内が明るくなると、後ろにいた生徒が隣の生徒と話している。
「いや、まいった、人間の出す臭いじゃねえよ。まるで肥溜め。」
「オレじゃないぞ、向こうでもくさいって言ってたし、誰がこいたんだろうね?」
臭気が思った以上に広範囲に拡散したことも幸いしたのか?
ドキドキしながら、聞いていたが、結局、犯人の特定には至らなかった。
「助かった・・・」
絶体絶命のピンチを乗り切った😮💨。
暗闇の中、多くの生徒を奇襲したおぞましい事件は犯人不明、未解決のまま闇へと消えた。
安堵感につつまれて、『ひとり言』
暗い場所でたすかった
とんでもなくくさい臭いだったが、
そのおかげで広範囲に拡散して
犯人をしぼりきれなかった
もし、わずかの音でも洩れていたら、
もし、明るい場所だったら、
一人、汗だく、真っ赤な顔で犯人バレバレだった
ヒューッ😮💨 あぶねっ
我ながら、よく放出を決心し、そしてよくやった
自分で自分を褒めてやりたい
すべては結果オーライ、
命拾いはしたけれど、
よりによって学年全員を一同に集めた上映会の日に
オナラをぶっ放すとはなぁー?
しかもバキュームカーレベル
なんでやねん?
・・・とはいえ、ありがたきは母上、
神様よりも、仏様よりも、ありがたき母上様
命拾いをしたのは母上のおかげ・・・
なんのはなしですか?
『日頃の鍛錬が窮地を救う』という尊い話です
ますますわからないよね🤔
一五少年の母はイタズラ大好き、それもあまり品のないやつ。
好んでやっていたのは『すかしっ屁』、家族の横に楚々とすり寄ってはくさいのを静かに放出する。
このわざは、母曰く『不意打ち』と言う、他にも、ふとんの中にオナラをしこんでおく『まちぶせ』なるわざも見事に使いこなしていた。
うまく決まれば、石川ひとみの鼻歌であざ笑う♪
オナラがくさければくさいほど、母のイタズラはより過激に、より行動的になる。
家族を臭気で襲い、もだえ騒ぐ様を見ては銀歯をむき出して大笑い、
そんな母の影響か? 一五少年も同じイタズラを楽しむようになった。
自宅はまさに家族入り乱れたオナラ戦国時代、
家族にその気配を悟られずにすり寄り、『不意打ち』をしかける、
油断したが最後、臭覚が麻痺するほどのダメージをくらうことになる。
いつしか、一五少年は『すかしっ屁』を自由自在に操れるまでに成長していた。
『細く、長く、途切れることなく』
『太く、短く、ぶつ切りに』
いかようにも変幻自在にコントロールできるようになっていた。
オナラ事件に思う事
母のイタズラ心に刺激を受けて、幼少期より『すかしっ屁』の鍛錬に励んで良かった。
何事も上達の基本は継続、その点、この鍛錬には笑い、楽しみがあり、無理なく続けることができた。
あの緊張の中、自信を持って『すかしっ屁』の放出に臨み、成功裡に危機を脱出できた。
『継続は力なり』、この言葉を身をもって実感した。
母のイタズラ、そして、その後の鍛錬がなければ、
今の私はなかったかもしれない。
母に感謝!
なんのはなしですか?
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