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戦国時代のキリスト教が今も残る島

ザビエルが伝えたキリスト教は、その後どうなってしまったのだろうか。
 
九州を中心にキリシタン大名が生まれたり、信者も相当数増えて一時は大きな勢力となったが、豊臣秀吉が伴天連追放令を出したり、徳川幕府が禁令を強化するなどして弾圧された。
 
江戸時代、幕府は人々に「踏み絵」をさせたり、キリシタンであることが発覚すると即処刑するなどしたため、事実上壊滅状態となった。
 
明治になってキリスト教が解禁となり、宣教者が再び日本にやってきて教会を建てたりしたものの、戦国時代のキリスト教は今は残っていないと考えている人は多いだろう。
 
しかし長く続いた江戸時代にあっても、代々キリスト教を奉じ、後世に伝え続けた家族や集落があった。
彼らは神道や仏教の行事に参加し、寺の檀家にも属し、表向きは一般民衆と変わりなかった。
家には神棚もあり、仏壇もあった。キリシタンであることは徹底的に秘匿されていた。
 
しかし家の奥の方に隠れた部屋があり、そこで彼らはオラショという祈りの言葉を唱え、キリストや聖母マリアの絵を拝んだりしていた。
 
観音菩薩像を聖母マリアに見立て、崇拝したりもしていた。(マリア観音)
 
人が死んだ時は仏式で葬式をあげるものの、僧侶が帰った後にその経文の効果を打ち消す「経消しのオラショ」を唱え、棺を開けて六文銭などを取り除き、改めてキリシタンの葬式を行ったりしていた。
 
1865年、まだ明治にならない幕末の頃、長崎に大浦天主堂が完成した。
それは開港した長崎に駐在するフランス人のための教会だったが、神父プティジャンは日本人にも建物を開放し、見物することを許していた。
 
ある日の午後、浦上地区に住む中年の女性がプティジャンに近づき、「ワレラノムネ、アナタノムネトオナジ」とささやいた。
自分たちの信仰はあなたと同じだ、というのである。
 
プティジャンは驚き、このことを本国に書き送った。
200年以上も信仰を密かに守り続けたという「信徒発見」のニュースは、ヨーロッパで大きな反響を呼んだ。
当時の教皇ピオ9世はこれを「東洋の奇蹟」と言った。
 
その後、長崎の隠れキリシタンたちが続々とプティジャンの元を訪れて指導を求め、中には公然とキリシタンであることを告白する者も現れたため、幕府は徹底的に取り締まり、その政策を引き継いだ明治政府も当初は信徒たちを流罪に処すなどして強硬な姿勢で臨んだ。
 
欧米諸国が猛烈に抗議することで明治政府が態度をやわらげ、キリスト教を禁じる高札がようやく撤去されたのは、明治6年になってからだった。
 
キリスト教信仰が公に認められたものの、隠れキリシタン全員が、カトリックに復帰した訳ではなかった。
復帰したグループと、復帰しなかったグループとに分かれた。
 
カトリックは当然のこととして、神道や仏教に関連した像や儀式を捨て去ることを求めたが、隠れキリシタンたちの中にはどうしてもそれができない者たちがいた。
また、彼らの教えや習慣が、長年経つうちに神道や仏教と融合したキリスト教とも呼べない独特なものに変化してしまっている例もあった。
 
そしてカトリックに復帰しなかった隠れキリシタンたちは、先祖代々の宗教をそのままの形態で信仰し続ける道を選んだ。
彼らは九州各地に散らばって存在し、現在でも約1500人を数える。
 
長崎県の生月(いきつき)島は、そのような隠れキリシタンが多く住んでいる島である。
 
平戸島のさらに西にある島だが、美しい橋が架かっており、本州から橋伝いに車で行ける最西端の島だ。
外周は絶景のドライビングコースとなっており、日本のすべての自動車メーカーがこれまでCMの撮影で使用している。
この島の人口7,000人のうち、200人が現役の隠れキリシタンという。
 
平戸地方は、日本に最初にキリスト教を伝えたとされるフランシスコ・ザビエルが足を踏み入れた地のひとつで、ザビエル後もイエズス会の宣教師たちが熱心に布教に努めた。
 
生月島の領主籠手田氏と一部氏が一斉改宗を行ったことで、島民はすべてキリシタンとなった。
禁令化では隠れキリシタンとして奉行の目を逃れ続け、無事に明治まで続いた。
 
明治後もカトリックに復帰した者はわずかで、島民のほとんどが隠れキリシタンであるという状態は、なんと昭和まで続いた。
戦後の1954年時点でも、島民の9割弱が隠れキリシタン信者だった。
 
しかし、現在の信者は高齢者が中心であり、次の世代に後継者がおらず、近い将来消滅するという。
 
生月島に口伝で伝わる「歌オラショ」は、ラテン語のグレゴリオ賛歌の詩編117編であったり、16世紀のイベリア半島だけで歌われた地方聖歌が原曲であるという。
 
戦国時代のキリスト教は、いまも生月島で存在し続けているのである。
 
※写真は2018年に生月島を訪れた時のもの。
 

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