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今のところの成果

さて、彼に件の話をしてからどれくらいの時間経過があり、その間の変化を示しておく必要があると思う。
実際の流れとしては話をしてから2年、転職や転居探しを経て離婚・引越しをしてから1年が経過したところだ。

最初、彼はとても訝しんだ。
なんだかんだ言って自分は結婚から5年が経っていた。
その後に一度だけランチに行ったが、どちらともなく無意識に手を繋ごうとしてしまったり、自然に相手の体に触れようとしてしまったりした。
それにハッと気がついてお互いに慌てて手を引くことが短時間の間に頻発した。
相手を目の前にすると、親しみを持った触れ合いをする前に流れる、あの独特の甘ったるくて胸がくすぐったくなる空気感や雰囲気がすぐに醸造されてしまう。
その時はランチを早々と終えてすぐさま解散したが、お互いに何かしらダメだと察して会わないようにした。
そのため、彼との交流は彼から年に一回以下の頻度で送られて来るLINEに自分が手短に返信するのみとなった。
また、彼もその間に2年ほどお付き合いした彼女ができ、結婚も考えていたそうだ。
で、おそらくだが、破局後に寂しくなって自分に連絡を寄越したところ、急に巻き込まれるハメになって彼はウンザリしたことだろう。
彼としては安定した結婚生活をしている私を垣間見て、結婚への希望や安心感が欲しかったのだろうが、気の毒なことに全てを打ち砕いて全否定するような回答を突きつけてしまった。

そんな中での再会は、彼が地元に帰省した折だった。
ちょうどコロナでの行動制限が緩和になったタイミングで、実家が大好きだと公言する彼は、「いつコロナが再度蔓延してまた移動できない日々となるかわからない」と、連休や長期休暇とは関係なく戻ってきた。
黙っていれば自分は彼の帰省を知る由もなかったが、律儀な彼は帰省していることを連絡してくれた。(もしかしたら、度重なる私からの構って欲しいアピールに辟易して、一度会えば諦めるだろうと考えていたのかもしれない。)

会ってすぐに少し後悔した。
何故なら、彼が怒りに近い困惑と警戒心を携えているのがわかったからだ。
やはりあの様なことは言うのではなかった。
いつもの自然に上がった口角や伏目がちの優しい目元の柔和な表情ではなく、深く眉間に皺を寄せて眼光を鋭くして口を一文字に結んでいる彼を見てそう思った。
何も言わずに会っていたならば、もしかしたら未だに友達以上恋人未満のほわほわした空気感の中で再会出来ていたかもしれない。
しかし、彼に縋り付いて関係を破綻させたのは自分だ。
関係性を崩してしまったことは受け止めるしかない。
彼が無言でこちらの車に乗り込むと、すぐに目的地へ向かった。

「俺、あんまりヤるの好きじゃないし、一回もできんかも。」
ホテルの部屋に入って早々に煙草を吸いながら彼は言う。
今まで会っていた時は彼からそのような事に持ち込んでくる場合が多かったし、何なら移動するのを我慢出来ずに野外で行うことも多かったのに、どの口が言うのかと思った。
でも、ここで何か反応してしまえば悪手にしかならないと最後まで彼の言い分を聞く。
「彼女居たけど、中折れ多くて最後までいかないの多かったし。誰かが近くに居るの苦手だし。ヤって出来なかったらすぐに解散したい。」
煙を吐きつつ、どこでもないところを見ながら彼が話す。
言っている事が今まで会っていた時の彼との過ごし方とかけ離れすぎていた。
それについて何かしら言いたいことは山ほどあった。
でも詮索されたり問い詰められたと感じれば彼はもっと警戒心を強めてしまうだろうと考えて、反論はせずに頷くだけとした。
結論から言うと最後までできたし、何ならシャワー中に彼からの申し出で二回戦もした。
でも、彼は頑なに「やっぱり苦手だ。」と苦虫を噛み潰したような顔で言っていた。
それが初回である。

それ以降は引っ越すまで3ヶ月に一度ほどのスパンで、彼が帰省する時に会ったり、自分が就活や物件探しのために彼の居住区の近くまで行った時に会ったりしていた。
彼は会う度に「俺は性欲ないから」とか「上司の誘いで風俗奢ってもらったけど、イけなかった」とか言っていた。
でも、いざ一緒に部屋に入ると出来ない日はなかったし、途中で萎んだとしてもイかずに終わることはなかった。
まぁ、私自身も彼の言葉を否定しない一方で、彼の言動が真逆である事に腹を立てていた。
彼に逃げの言葉を言わせるものかと躍起になって、そういう知識を勉強したり、トレーニングをしたのもある。
目標に向かって勉強と努力をする事だけしか許されなかった進学校時代の歪みが、今は妙な部分で活かされている。
根比べは得意なのだ。

そんな中で、関係性の変化は急に起こった。
就活ついでに彼の家に立ち寄った時の事だ。
いつもは一人掛けの座椅子に座っている彼が珍しくソファに座って居て、自分に手招きをして膝に座らせた。
そのまま彼は私を後ろから抱きしめて首元に顔を埋めると数回深呼吸した。
座らされた腿に違和感のある感触を覚えてつつも、気のせいだろうと受け流していた。
彼の呼吸音を聞きながら沈黙に耐えていると、息を吐き切りながらボソッと彼が一言発した。
間違いでなければ「ムラムラする」と聞こえた。
もちろん、する事はした。
それから先は性行為に対して関心がないだとか、不快に思っているだとか彼が言うことはなくなった。

警戒心が高い相手の防衛的な言動や、それによっての矛盾はとても目に付くし、指摘したいものだった。
だが、目立つ部分はあえて全て受け流して「今はそう考えてるんだ」とか「そんな風に感じてるんだね」とか、肯定はしないが相手の現状を受け入れる姿勢で対峙した。
それが功を奏したと思いたい。

今の彼は、私の家に遊びに来ると、ゴロリとカーペットに横たわって私の膝に頭を預けたり、私の手を取って彼が撫でて欲しい場所に誘導してきたりと、すっかりリラックスした態度を見せてくれるようになった。
しかし、彼はそれらを無意識で行なっている様子で、私の方から膝枕を差し出そうとすると、そんなに馴れ馴れしくしないで欲しいと壁を作ってしまう。
さながら野良猫のようだが、指摘するともっと遠ざかってしまうので見守るに徹しようと思う。
また、極々最近、一緒に食べているお菓子が最後の一つになった時や、彼が不注意で体を家具にぶつけてしまった時に「これで子どもみたいに大泣きしたらどうする?」と訊いてくるようになった。
言葉の裏には、「大泣きされると困るよね?だから泣かないよ」とのメッセージが隠れている気がする。
「本当は泣きたい事がたくさんあるのに我慢してて偉いね、泣いてもいいよ」と言いたいところだが、ここまで言ってしまうと彼はまた引っ込んでしまう気がする。
言葉選びが難しいところだが、「泣いても受け入れるよ」とのメッセージを発信しつつ彼との関係性をこれからも探って行こうと思う。

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