田中英治の人生語録

(1) 真実は真実自身の力で歩いて来る。
(2) 今自分にとって最も大切な事は何かを考え続けて生きること。
(3) 強くなければ優しくできない。弱くなければ優しさを理解できない。
(4) 基本は根本に通じる。
(5) 初心忘れるべからず。
(6) つらいと思った時にこそしっかりとした大きな気持ちで基本に忠実に一歩前へ出る。
(7) 剣道の本意は、『自分の延長上に、相手を自分の一部として感じること』にある。
(8) 『世界は、一つのものとして生きている』事に気付き、『彼の世に居るつもりで、この世を生きる』事が『世界平和』につながる。
(9) 「何かをする時に『命も名も金もいらぬ』」という覚悟を持つこと。
(10)写真に対して誠実に生きる事。写真は記録して伝える。
(11)想像力と創造力は万能じゃ無いのか?
(12)自分が愛する対象(者・物・事・社会・世界等)の為に尽くす・貢献する事が自分の本当の意味での幸福につながる。又、自分がその対象に対して心から愛しているのかを、問い続ける事が大切な事。
(13)志(こころざし)を大切に
(14)自分に影響を与えるものは全て『毒』であるという視点を持って生きる事。
(15)「生きる事それ自体」よりも「いかに生きるか」という事に一生懸命になれ。
(16)「『風』と『包み(結びを含めて)』と『見返り美人』」を自分の人生のテーマとして生きる事。
(17)必要なところに必要なサポートを。
(18)「自分にとってどうか」「自分にとって何か」問うこと。
【 説明 】
(1) は、ガリレオ・ガリレイの伝記から教えられたこと。『真実』は、時により様々な表情をともなって現れることもあるが、決して無くならない。その決して無くならない力によって歩いて来る事もある。又、『真実』とは発見するものではなく、初めからそこに『真実』が存在し、出会うものである。『真実』はその出会いを待っている。だからこそ、その時感動するのだ。その感動の力によって連鎖し『真実』が歩いて来る事もある。
(2) は、私が中学生だった頃、先生によく「『常識』で判断しろ。」と言われて分からなく悩んだ末出した結論。
(3) は、私が中学生の時深く傷ついた折り、友人の何気ない優しさに触れた際に気付いたこと。
(4) ~(9)は、剣道とジョン・レノンのイマジンから学んだ事。(4)は、剣道はどこまで上達しても、基本に忠実に稽古する事が大切だという事、上達してもその度に求める基本のレベルが上がって行く。だからこそ、(5)「初心忘るべからず。」なのです。(6)は、どのスポーツにも言える事だと思うし、人生全般にも言えることだと思います。
(7)~(8)については、(7)は「博愛」「慈愛」であり、突き詰めれば『世界平和』であります。又、『世界は、一つのものとして生きている』とも言い換えられるかもしれません。(7)は対戦相手のある競技なら、(6)同様どのスポーツにもにも当てはまるのではないでしょうか?(6)について補足しつつ(8)を説明すると、スポーツをしていて苦しくてどうしようもない時、その時の自分の限界を超えた瞬間『肉体に縛られず、純粋に魂だけで生きる』ことを実践できているのではないでしょうか?競技大会の時それを多くの観客と共有し、感動があり、多くの純粋な魂が共振することで一つになり、一瞬かもしれないけれど、『世界は、一つのものとして生きている』という感覚を多くの国々の人々が共有し、或る意味で『彼の世に居るつもりで、この世を生きる』ことが実現出来て『世界平和』の素晴らしさを感じているのではないでしょうか。『世界は、一つのものとして生きている』という感覚と、『彼の世に居るつもりで、この世を生きる』という感覚の二つの体験がオリンピックやパラリンピック等により連鎖し、世界中の人々の、この経験の積み重ねにより『世界平和』へと現実が向かうのではありませんか。人々の「心が肉体に縛られている」ことが『戦争』が起きる大きな要因の一つだと私は考えています。
(9)の『』は山岡鉄舟について書かれた本の帯に出ていた文章からの抜粋です。(9)は私の理想で、そうできればどんなに自由で好いかと思いますけど、
現代社会で生きる私には、中々真似できませんが、仕事をする時にはできるだけ無償でやっています。(私のマネイジメント能力の無さも有りますが)又、仕事で名前を売ろうとは思っていません。それだけでも随分自由な気持ちで仕事ができます。
(10)は写真の師匠についてただ今勉強中の事で、写真家として生きる上で大切な事だという事以上の事は、まだまだ良く分かりませんけれども、「素直で正直」が一番な事、写真家は黒子に徹する事、被写体に撮らせて頂いているという気持ちで撮る事、一つ先を読む事、撮影時に自分の持てる出来る限りのセンサーを働かせ被写体に集中すること、師匠植村正春の写真表現(インターネット上に発表しています。)を(5)の精神で読み直す事(「写真は記録して伝える」はそこに掲載されています。)で記録の仕方や伝え方を見直すきっかけとしています。
(11)は様々な崖っぷちに追い詰められたとき、呪文として唱えます。
(17)は、巡り巡って来るのだなと、最近経験しました。「自分にして欲しい事を他人にして上げなさい。」と昔から言いますよね。
(13)は、アール・ナイチンゲールの成功哲学の本を読んだ後の人生で、実感したこと。
(14)は、自分を含めてこの世に在る数多くの様々な『毒』と上手く付き合って行く事が人生を充分に堪能する事につながるという事。『毒』との距離感のセンスを磨き適当な距離を取ることも生きてゆく上で大切な事ですし、その上で『毒』と『毒』のカクテルを味わう事は、人生の醍醐味です。自分が『毒』を吐き続けているとその自分の『毒』で自分自身がその『毒』に犯されてしまう事もあるので要注意です。一つの強力な『毒』に犯された時、人は罪を犯すのではないでしょうか?だからキリストは「罪を憎んで人を憎まず」と教えているのではないでしょうか?もしかしたら誰でも一歩間違えれば罪を犯す危険性にさらされているのかも知れません。
(15)は、誰か哲学者の言葉だったと思うけれど、これのおかげでこんな人生語録ができました。
(16)は、テーマは見つけたけれど、難しくてまだあまり追及していません。
ほんの触りを語ると、詩の心は『風』の心、『風』はエネルギーの一つの形。
『包み』は、人が持っている世界、建築を含む衣食住、宇宙、集合論。『包み』と『包み』が重なったところに『結び』ができる。お結び、縁結び、生産、性交、「むすこ」と「むすめ」は「むすびひこ」、「むすびひめ」からきているという説があります。又『結び』は、水引、建築に出て来るときには、結界、玄関、縁側、境界論、継手等がある。『包み』では、内陣、外陣、領域論(空間そのものが『包み』)、陰翳礼讃(谷崎潤一郎著)。『見返り美人』は、振り返る姿そのもの→後ろ髪惹かれる心→心に引っ掛かる事→気になること、一期一会等。(もし、興味を持たれたなら、未完で分かりにくいと思いますが、このテーマのメモ書きを添付ファイルでお送り致します。)後は、何かを考える時、このテーマを道具にしています。この道具を使いこなすうちに、道具自身を表現できたら好いなと思っています。何のどこをどこまでどうやって包み、どこまで見せるのか?(『包み』)衝動、インスピレーションを頼りに行動してみる。(『風』)そして何かが気になって立ち止まり振り返る。後ろ髪引かれる自分の気持ちにどう向き合ってどう行動するのか?(『見返り美人』)又、これは『風』、これは『包み』・『結び』、これは、『見返り美人』と「『包み』分け」(仲間分け)して遊びます。この遊び自体が『包み』(集合)です。
来世もこのテーマを追求できたらと思います。
(17)は「障がい者には、その障がいに応じて適切なサポートが必要な事。それによって、障がい者であっても活躍できる。」この考えが世間一般に広まる事により到達する思想。(突き詰めると、本当に困っている人に手を差し伸べる事になる『困ったときはお互い様』)そのサポートをする時に、創造力と想像力が必要であると思います。その実践に当たっては(3)も深く関係してくると思います。(17)が広まったら『いじめ』の問題も様々な『ハラスメント』の問題も解決できる等、皆が暮し易くなるのではないでしょうか。但しこれを実践するのは勇気もいるし、確かに容易な事ではないかもしれません。私は、そういう場面に遭遇した時にパニックになり、呆然となってしまう事が多いのですが、自分に出来るところからコツコツやって行こうと思います。
(18)によって純粋に魂だけで生きる方法が分かりると思います。
最近「自分は生かされている」と思うようになりました。だれもが使命を持ってこの世に生まれ、その使命を果たすために生かされている。もちろん一人では生きてゆけず、多くの人々の世話になって「生かされている」。その事に感謝、感謝、しかし「生かされている」という言葉の意味は他にもあるような気がする。これから先その真実との出逢いを楽しみに生きてゆこう。 
以上 

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