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小話

「いや。ご期待に添えるかは分かりかねますが・・・」
そう言って話してくれた話である。

その人は幼い頃、よくくしゃみをしていた。何年も毎日。
花粉症とかの時期に関係なく、毎日くしゃみをしていた「はーくしょん!!」と大きな音を立てて。くしゃみしすぎて鼻水じゃなくて鼻血がでていたらしい。
親御さんが言うには、くしゃみをしているのは日中だけでなく寝ている時にでもあった。「はーくしょん!!」と大きな声で言った後にすやすや眠る我が子に戦慄すら覚えた。ちなみに、くしゃみ一回のカロリーは4キロ。100メートルを走るのと同じらしい。

学校からの通知表に「まじめで皆と仲良くしておりますが、くしゃみの回数が多すぎます」と書かれていたほどだ。
最初は地元の診療所。そこでは原因がはっきりしなかった。紹介所を渡されて、母親に付き添いながら最終的に、その県の一番大きな病院にまで行った。

結果は「問題なし」
安全な筈の答えに納得している子供。それとは逆に落ち込んでいる母親。二人、同じ足取りでバス停に向かい時刻表を見て、待っていた時だった。
「あら。可愛らしいねぇ。」と同じバス停に先に待っいた老女が笑顔で話しかけてきた。その笑顔はとても優しかった。
「何歳?」「どこから来たの?」等と言った今ならNGな質問に対して、すんなりと答えられるような柔和さがあった。
母親と老女が話していると、子供がくしゃみをした。いつも通りに「はーくしょい!!!」と。
そのくしゃみを聞いた老女は「あら。珍しい。久しぶりに見かけたわ」
そう言って子供の前に寄ってくると「両手を出して」と笑顔で言った。子供はお菓子がもらえると思い、両手を差し出した。

その両手に、そ。っとハンカチが乗せられる。
次に老女はその子の耳をふさぎ口をパクパク動かしていた。子は視線を母親に向けると、驚いてるが手を出せてない。そんな表情だったらしい。
耳をふさいでる時間。老女が口をパクパク動かす時間。少し経っただろうか?鼻がムズムズしてきた。それを見て老女はそっと耳に当ててる手を離した。

「はーくしょん!!」そんな声を出しつつ、手の平にあるハンカチに鼻水を出した。はずだった。
自分の手の平にあるハンカチに乗っていたのは、墨汁よりも真っ黒でハンカチいっぱいに広がる黒。その黒はぞわぞわとうごめいている。
驚く自分の視界の端に、ハンカチが見えたであろう母親が自分と同じ驚愕の表情をしている。

「はい。これで大丈夫」
老女はそう微笑むと、バス停から去っていった。「あの・・・」と、声を掛けようとした母親を制するように目的地に送るバスが、到着しそれに乗る母親と子供を乗せて、老女の行き先と逆に進み始めた。

それからというもの、その子(この話をしてくれた人の幼い頃)は、以前のように、くしゃみをしなくなり、すくすく健康に育ち今に至る。というわけである。

そんな話である。

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