創作怪談

【物件探し】
現在住んでるマンションの更新が近づいて来たので、引っ越しを念頭に物件の下見に行くことにした。最近だとネットで簡単に調べられるし、担当者もすぐに付いてくれるし。便利な事この上ない。だけど、その分競争相手が多いし、見つけても「先に決まりまして・・」「代わりにこちらの物件をオススメしております」なんて常套句が出てきたりする。迷った挙句に私が選んだのは「地道に不動産屋めぐりをする」という時代に逆行したやりかただった。最初は職場の上司や同僚、後輩たちですら「今どき?」ってからかわれたりしたけど、始めて見たら結構面白い。休みの日に折りたたみ自転車に乗ってよく見る駅前によく見る全国区の不動産屋、完全に個人経営の不動産。だいたいこの2パターンを行ったり来たりだが、スタッフの対応が違って面白かったりする。親切丁寧に案内してくれる。こちらの足元を見る様に早めに入居させようとしたり。条件より高い物件を紹介してくる。こちらを下に見た対応をしてくる。等々。

そんな中で見つけた一軒の不動産屋がとても印象深く、物件探しをやめて今のマンションを更新をすることに決めた。

その不動産屋は個人経営で、社長と従業員含めて6人の小さな不動産屋。
そこで働いてるスタッフの皆さんはとてもいい人ばかりで、紹介してくれる物件もこちらに寄り添ったものを紹介、生活しやすいよう周囲にスーパーやコンビニがある、騒音はないか。近所に不審者は住んでないか?そう言った住んでから後出しされたら、困るような事は前以てしっかりと説明をしてくれる。もう、ここで決めよう。そう思っていた。
一つ良い物件を見つける。金額的にも間取り的にも、交通の便も良い。
「この物件良いですね。内覧出来ますか?」
そう言うと、一瞬だけ店舗内がピリっとした空気になった気がした。
「あの・・・」「あ、こちらの物件ですね!ちょっとこちらで大家様に確認して、都合の良い日を折り返しご連絡しますのでご希望の日を先に伺っていいですか?」
被せる様に丁寧にちゃんとした理由で質問してきた担当者に気圧されながらも、2週間後の休日を伝えて居心地悪くなった店舗を後にした。
それから3日後に指定した休日に内覧出来るという連絡が入り、時間と待ち合わせ場所を取り決めて電話を終えた。

そして当日。待ち合わせ場所の店舗に10分前に着くと担当者は既に来ており「おはようございます」
笑顔で挨拶をしてきたので、こちらも以前の事は気になりつつも挨拶を返す。大家から鍵は受け取っているのですぐに入れる。閑静な住宅街にあって、子供が多い地域で活気がある。マンションの住民や地域の皆さんはとても親切で面倒見が良い。トラブルは全くない。
そんな話を担当者がペラペラと話して運転しているので違和感を感じる。
今までと違いメリットばかり話していて、デメリットを話していない。
無い場所。と言ってしまえばそこまでだが。
「ここです」
マンション横にある大きな駐車場に車を停めて二人で降りる。車を持たない私には不要なものだが、下手したら入居者全員分あるのではないのだろうか?駐車場から見えるマンションの側面はまだ綺麗で新築と言う感じだ。
案内されるまま、オートロックを解除しホール内へ。エレベーターに乗り下りた階は6階の角部屋。鍵を開けて貰い室内に入るとあまりの綺麗さと広さに驚きを隠せなかった。
「凄い良いね!」思わず声が出てしまう。キッチン。バス。トイレ。リビング。室内のどこを通されても感嘆の声が上がる。ベランダから見える景色で私が現在住んでる場所と駅を挟んで反対側だと気づく。近場にこんな物件があるなんて。
高揚する気持ちが抑えらず「ここに決・・」「少々お待ちください」担当者は、確実に私の言葉を遮るように発言した。室内に緊張感が走る。
じっ。とこちらを見つめて「契約等の詳しいお話は事務所で」笑顔でそう言うと、妙な圧力を受けてしまい言われるままにマンションを離れて車に乗り込んでいた。
事務所に戻るとスタッフ全員が担当者と私を心配そうな顔で迎えて「大丈夫だった?」「お疲れ様です」「さぁ、早くこっちへ」とそれぞれが口に出していた。
ぽかんとしたまま席に通された私と向かい側に座る担当者。その横には社長が座っている。
「あのマンションは契約しないでください」
担当者ははっきりとそういった。

「は?」
そう言うと隣にいた社長が「簡単に説明しますので、先ずは私共の話を聞いてください」そう言って次のような事を語り始めた。
「今日、内覧に行かれたマンションなんですが特殊な物件になっております。事故物件・・・。それと似て非なるものになるんです。住民や地域の方々は面倒見が良いですし、立地も生活面も問題ないでしょう。ただし、ご案内したあの部屋だけ決まったルールがあり、私共しか知らないのです」
そう言ってお茶を飲んだ。
「そのルールと言うのは『夜八時以降の来客を招いてはならない』『ベランダで物音がしても反応してはならない』『浴室で声を発してはいけない』それ以上に細かいルールもございます。おい。あれを」
担当者がホチキスで止めた数枚の用紙を渡してきた。
『○○マンション6××号室での入居者を守るためのルール』と題されて、細かいルールがびっしりと記載されていた。多すぎてわからないレベルだ。
唖然としている私に社長は話を続けた。
新築で5年目を迎えるマンションである事。最初は普通の賃宅物件だった事。最初に入った入居者が初年度の更新前に行方不明になった事。(現在も見つかってない)この物件に関して入居者を入れるべきか迷っていた際に、差出人不明でこのルールが届いたこと。祈祷や霊媒師に視てもらうなどしたが、効果が無かったこと。(霊的な力などは何も感じないとの事)
そして、前担当者が確認する。と言って翌日自殺した事。
かいつまんでもこれだけの話を聞いたのだ。

「みてください。この2つのルール」
担当者が私の用紙を取るやいなや、マーカーペンで2つのルールを塗りつぶして返した。『内覧時にこの部屋の契約を決めてはいけない』『この部屋のルールをマンションの住民に伝えてはならない』ゾッとした。
「何度かあの物件を手放そうとも思いましたが、手放してはならない。とルールにありまして・・。お客様が見つけたあの物件の間取り。いつもは奥の金庫に入れて厳重に保管してるんですよ。現場にあるわけがない。」
疲れた声で社長は自虐気味に笑った。
外はまだお昼を過ぎた頃だというのに、事務所内は暗く重い。
「今回、他のご迷惑をおかけしたこともあり他の物件も、特別料金でご案内できますがいかが致しますか?」
社長に問いかけられたが、それを断って今のマンションを更新した。

今もたまに思う。もし、社長の言うとおりに特別料金で別の契約をしていたら。そんな未来を。
けど・・。確信ではないが思ってしまった。そうすることで新たなルールに自身が組み込まれてしまう可能性があるのではないか。

以上がマンションを更新することになった話です。



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