ショートショート_転倒予防
特別養護老人ホームに、新しい転倒予防装置が導入された。それは「重力調整装置」という画期的な機械で、老人たちが転びそうになると、その瞬間だけ重力を軽くして転倒を防ぐという優れた機能を持っていた。施設の職員たちは、この装置のおかげで老人たちが安全に生活できると大喜びし、家族も安心して見守ることができた。
最初は問題なく作動していた。お年寄りたちは、少しつまずいても軽やかにふわっと浮き上がり、ゆっくりとバランスを取り戻して地面に降り立つ。誰も転ばない光景に、職員たちの心は安堵で満たされた。老人たちも「あら、こんなに軽く歩けるのね」と笑顔を見せ、施設は平和そのものだった。
しかし、ある日、装置が突如として暴走を始めた。転びそうになる前に重力を軽減するはずが、何もしていない老人たちまでふわりと浮かび始めたのだ。重力があまりに軽くなりすぎたため、彼らは施設の床から徐々に浮かび、ついには天井に向かって漂っていった。
「天井にぶつかるわよ!」
老人たちは叫び、天井に頭をぶつけて痛がる。施設内はパニックに包まれ、職員たちは慌てて装置を止めようとするが、操作が効かない。老人たちはふわふわと宙を漂い続け、どうにかして壁や手すりにしがみつこうとするが、重力がまったく働かないため、逆に体が宙に舞い上がっていく。
何とか装置をリセットしようと職員たちは手を尽くしたが、その結果、今度は重力が強くなりすぎてしまった。ふわふわと浮いていた老人たちは突然、ズシンと床に叩きつけられるように落ちた。まるで巨大な力に押しつけられたかのように、老人たちは床にへばりついた。
「重い!動けない!」
老人たちは口々に叫んだが、まるで体が鉛になったかのように、指一本動かすのも大変だった。重力が過剰に働きすぎて、立ち上がることすらできない。職員たちが必死に助けに行こうとするも、彼らもまた、同じように床にへばりついてしまう。
こうして老人たちは「転ばない」代わりに「動けない」生活を送ることになった。
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