【ショートショート】夜明け(524字)
その国はとても寒かった。
特に気温の低い北の最果ては一年中氷と雪に覆われていた。その場所には誰も寄りつかず長い間ほったらかしにされていた。
ある時、一人の女が息を引き取った。突然のことだった。夫はただ呆然としていた。
ふと、彼はあの凍てつく大地のことを思い出した。彼は妻の亡骸をその場所へ連れていった。
青い棺の中、たくさんの花とともに彼女は凍った。魂は失われても彼女の体はそこにあり続けた。
男は来る日も来る日もその場所を訪れた。妻の髪や頬を撫ぜ、すっかり硬くなった体に触れた。
時にはともに過ごした日々に思いを馳せ、時には自分を責めた。彼に見えているのは過去だけだった。
女がそれに心を痛めたのだろうか。しばらく経ったある夜のことだ。国全体を嵐が襲った。
強い風は波を巻き上げ、高波が棺を攫った。嵐が止んで男が駆けつけた時、棺はもうどこにもなかった。
男は立ち尽くした。彼女の姿を見ることも、肌に触れることももうできない。
声を聞くことも、笑った顔を見ることもない。もう二度と。
妻はもういない。
その時、男は初めて涙を流した。
朝陽が顔を出し、黄色い光が冷たい大地を照らし始める。氷が溶けていくように、止まっていた時がゆっくりと動き始めた。
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