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魔境アラザルド3 幻影騎馬団②

第一部 五王君


 一章 幻影騎馬団

    2

太陽が沈みかけ、すべての影が長く地表に伸びる。

父の遺体は、エリンフィルトの計らいで、まずアルーウェン大樹海のすぐ近くにある名も無き共同墓地へと移送してもらい、更にその墓地の端の方に簡易なお墓を建ててもらった後、土中にも埋めてもらった。
無論、すべて魔法でだ。
マリュネーラは父と最期の別れをし、近くに咲いていた白い小花を摘んで、お墓の前に手向けた。
その際に、離れてしまっていた父の頭と身体も魔法でくっ付けた。あの世とはいえ、頭が無いと何かと不便だろう、とエリンフィルトが真顔で言ったので、マリュネーラは頷きながらも、なぜか笑いそうになってしまった。
「なんか、あんたが死人の心配するなんて意外な感じがする」
思わず本音を漏らすと、彼は不本意そうに、
「なんて失礼なガキだ」とぼやき、
「言っとくが、俺はお前なんかより、ずっと年上なんだからな」
と、口先を尖らせて、子どもみたいに言い返した。
「そうなの? エリンって何歳なの?」
「…何歳に見える?」
「えーとー、そうねぇ、22歳くらい?」
「馬鹿が。そんな若造じゃねーよ…もうすぐ…900と99歳になる」
「は? 900?  99? …なに素面で、そんな冗談言ってるのさ」
エリンフィルトは、やはり真顔だった。
マリュネーラは一呼吸置いて驚く。
「…まじ気なの?」
「なんで、嘘を言うんだよ。ほんとに失礼な馬鹿ガキだな」
「だって、それって、神域に近い魔人てことだよね。千年以上生きた魔人を『魔神』ていうんだってことくらい、あたしだって知ってるよ」
「…そうだな。だから、お前はもっと俺を崇め讃えなきゃいけねーんだ」
黒い瞳に、一瞬だが暗い陰がよぎった。
あまり詮索してほしくないことなのかもしれない。
マリュネーラは、何となく深掘りはしないように気をつけながら続けた。
「…そっか。すごいんだねぇ、エリンって。でもそこまで年上だと、むしろどうでもいいような気もするけど…。ともかく、じゃあ、あんたは余程強い魔人なんでしょうね?」
「当たり前だろ。俺はアルーウェン大樹海全体の魔境主だからな」
「…え? えーっと〜…」
アルーウェン大樹海は、ガランディ山の麓に広がる森だが、ユスの町のほかに三十の町村に跨がっている。よくある大きめの森林地帯で三つからせいぜい五つの町村に跨がる程度だ。ゆえに、アルーウェン大樹海の大きさは、ほかの森とはまるで別格だった。
だが、彼女はそれに驚いているのではない。
確かに初めに「アルーウェン大樹海に住んでいる」と言っていたような気がするが…。
マリュネーラの目は点になっていた。
「アルーウェンの、魔境主…って」
さすがの彼女も知っていた。
「五王君の一人の、あの…」
エリンフィルトは、すかさず彼女に注意する。
「本名は、エリンフィルトだからな。間違っても、お前はあの名で呼ぶな。煩わしいっちゃねーんだよ」
「で、でも、一応確かめさせてよ。あんた、あの『黒炎君』なの? 本物なの?」
マリュネーラは、身を固くする。
『黒炎君』といえば、誰もが知っている五王君の中でも、最強と謂れている魔人だった。その世界一と言っても過言ではない有名な強魔人が、自分のすぐ目の前にいる…信じられるわけがない。
だが、彼は冷ややかに呟く。
「だから何だ。周りが勝手にそう呼ぶだけだ。くだらねー。俺はそんな仰々しい聖人君子みたいな呼び名なんかいらねーんだよ」
彼が言い放ったのを受けてだろう。
誰もいないはずの共同墓地で、くすくすと笑う声が、何故か『上』から降ってきた。
「…へえ、そうだったんだ」
声色は柔らかいが、明らかに彼を馬鹿にしている。
「お前…」
エリンフィルトは歯ぎしりした。
「久しぶりだな、黒炎。俺はお前を『黒炎君』だなんて絶対に呼ばないから、安心していいぞ」
現れた相手は、宙に浮いているにも拘らず、ぴたりとそこに立っているように見えた。
そんな芸当ができるのは、エリンフィルトのような強魔人しかいない。
「付き纏うなよ! 暇人が」
彼は黒い瞳を見開き、強い口調で叫ぶも、全く怯む様子もなく、相手の男は返した。
「べつに付き纏ってなんかいないさ。あれからもう半年だろうが。それに、こっちはこっちの用事でここに来たんだよ」
すぐ頭上にいる為、足しか見えなかったが、男はわざとらしい溜息を吐きながら、ゆっくりと地上に下がってきた。
そして、新しいお墓の後ろに足音も立てずにすっと着地する。
「たまたま姿を見かけたから、声をかけただけなのに、ひどいじゃないか、エリンフィルト。同い年の俺は、貴重な友人だろう?」
光が舞う。
夕焼けに照らされて、眩しいほどの光を放つ髪色は、恐らく黄金に近い色。
二つの瞳は、神秘な深みを混沌と湛えた琥珀石のように妖しく煌めく。
光の靄がその輪郭を包んで、線を曖昧にしているが、香しい顔つき、すらりとした肢体の持主であることはよく分かる。
闇と光。実に対照的な両者だった。

《恋い焦がれ、万死の炎に近づく鳳蝶》

「誰が、お前なんかの友人だ。あの『偽善者』の妹の七光で名が知られてるだけのヤツが生意気なんだよ、ああっ吐き気がする!」
かなり怒っている。
彼を怒らせて大丈夫なのだろうか?
彼を『エリン』と呼び付け、既に「失礼なガキだ」などと何度か怒らせてもいる少女は、自分のことを棚に上げて、そんなことを心配している。
相手はわずかに目を細め、黙っていた。
エリンフィルトは睨みを効かせていたが、気の昂ぶりは少しづつ冷めていく。
顔に平静さが帰ってくる。
「エリンフィルト」
それを見計らったように、琥珀の瞳の男は静かに言った。彼の変わりやすい短気な性格を、よく知っているようだった。
「…ぁあ?」
反応が安っぽい不良と同じだが、それでも顔が優良なので、嫌らしい不快感が少ない。
ただ、彼とは旧知の男がそんなことを思うはずもない。気づけば、声の静けさとは裏腹に琥珀の二つの目は敵を狙う魔獣のように鋭い光を放っていた。
マリュネーラは、自分に向けられた視線でもないのに、足が震えた。
そして、分かる。
この男が強者であること。
「デルアは偽善者なんかじゃない」
明確な意志と発音。
負けるとは寸分も思っていない者の口調だ。
「はあ? 糞偽善者だろ。砂惑のヤツは」
当然、エリンフィルトは謝らない。
「…あいつは、お前と違って聖人君子であろうとしてるんだよ。王君の名を名誉に思っているんだ。貴様こそ恥を知れよ、エセ王君」
そして、こちらも当然のごとく、反論で返してくる。
自分が悪く言われたことではなく、妹を悪く言われたことに対してのその怒りには、引き下がる余地などない。
そのことも、よく分かる。
エリンフィルトの口の悪さは強さゆえの自信もあるのだろうが、その誰彼構わず暴言を吐くという心遣いに欠けた性格は、非難を受けても仕方がないものがある。
互いに身構える。
一触即発だ。
そう思ったが。
「夢漠」
不意にエリンフィルトが投げかけた。
相手の呼び名のようだ。
彼にしては感情を押し殺した言い方だった。
「…なんだよ」
不機嫌さを隠さない声が応じる。
「あのな、俺は今、お前と戯れている暇なんかねーんだよ…怪我しねーうちに、とっとと失せろ」
ありきたりの脅し文句に呆れ、肩をすくめると、相手は軽く彼をあしらう。
「その小娘とは戯れるのにかよ。お前こそ偽善者じゃないか。そいつの死んだ父親の墓を作ってやったうえ、消息不明の母親探しを手伝うんだって? ありもしない良心で、なんのつもりだか。笑えるね」
せせら笑う声は、明らかに挑発だった。
エリンフィルトは身震いし、我慢できずに叫ぶ。
「お前なぁ! いい加減にしろ!」
エリンフィルトは怒鳴り、浮いたかと思うと、すごい速さで中空のかなり高い位置まで昇った。
「相変わらず、だな…」
鼻で笑い、エリンフィルトの後を追う。それも一瞬で同じ高さまで到達する。
こいつは、何者なんだろう。
彼を扱い慣れている。
エリンフィルトの知り合いには違いないが、明らかに悪友だ。
しかし、あの黒炎君を遠慮なく呼び付けにし、ため口で話すのだから、自分の魔力に相当自信があるのだろう。
五王君の一人なのだろうか?
途中でエリンフィルトが言った『砂惑』という名前には聞き覚えがあった…ということは、彼女の兄なのだろうが、本人のものらしい『夢漠』という名前は聞いたことがなかった。ゆえに、彼自身は王君ではないようなのだが、妹が王君であるならば、その兄が同じくらい強いというのはあり得ない話ではないし、王君を恐れないのも頷ける。
夕陽で上空はよく見えない。
首が痛くなるのを堪えて、黒い二つの影を見上げる。まだ睨み合ったまま、何か問答しているようだが、マリュネーラには知る由もなかった。

《光が舞う、琥珀の瞳の魔人》

「なんだ? 小娘には聞かれたくない話か」
上空で、互いに腕組みした格好で、二人の魔人は向かい合う。
「…お前、間違ってもあの娘には手を出すなよ。あれは、本当に偶然の成り行きで、手助けしてるだけのガキなんだからな」
「ふん。じゃ、訂正しろよ。デルアリーナ…砂惑君を『偽善者』呼ばわりしたことを。俺はお前に身内をコケにされて臓腑が煮え繰り返ってるんだよ」
「しょうがねーなぁ。わーったよ、今は訂正しといてやる。あいつは偽善者じゃねー。これでいいだろうが。でもよ、俺は本心を言っただけだぜ? あの女は善人の振りをした小悪魔だと俺は思ってる。お前はまさか本当にあの女を善人だと思ってんのか? お前の妹だぞ? ありえねーだろ」
さも、面倒くさそうに黒髪の魔人が言うのを無表情に聞く。
「…あいつと俺は違う。別物なんだよ」
「何言ってんだか。双子だろうが」
「もういい」
立ち去ろうとするのを、エリンフィルトは今度は呼び止める。
「待てよ。何か用事があるんじゃねーのかよ、俺に」
「気が変わったから、もういい。邪魔したな」
「糞が。だったら、もう二度と顔出すな。お前は本当にいつも腹の底が見えねーから、余計ムカつくんだよ。少しくらい心を乱すようなことでも言ってやんねーと、こっちの腹が収まらねー。俺の吐き気は本当だからな!」
「…ああ、分かってるよ。エ・リ・ン」
横顔でくすりと微笑み、琥珀色の光をまき散らしながら姿を消す。
「ああ !糞! 何なんだよ、あいつは! 何しに来たんだよ! …ジルヴィード、覚えとけよ!」
彼の叫びと共に、夕陽は落ち、夜の闇が訪れようとしていた。


【文末コラム3】足底筋膜炎のこと。

歩き始めの第一歩。
ズキーン。
痺れるような痛み。
第二歩目も、同じくズキーン。
三、四、五、六歩目くらいでようやく痛みに慣れ、十歩目にはもう痛くなくなっている。
足の裏から踵の足首近くまでに走る、一時的な激痛。
足裏の筋肉の衰えからくるものだそう。

本人(私)リウマチを患っていることもあり、通院している医者に訴えるも、
「あ、それ足底筋膜炎です。リウマチの症状とは関係ないですね」
と、のたまわるお医者様。そして、その話はそれだけで終わってしまい、何もなかったように、採血検査が始まる。
リウマチの人はご存知だと思うけれど、リウマチ患者は毎月採血検査があり、症状が悪くなってないかを調べることになっている。骨の病気と思いがちだが、免疫不全から来る骨関節の炎症で膠原病に分類される。原因は未解明の為、完治への法則もなく、炎症を抑えて痛みを和らげることで凌ぐしかない。私は服薬でほぼ問題なく毎日を過ごせるようになった。
一番ひどいときは、しゃがんだら立つのが地獄で、足首と膝関節の痛みで息を詰めながら、柱などに掴まり、ようやく立ち上がる。肩や肘が痛いときは服の着替えが地獄で、前開きの服ばかり着ていた。指が辛いときはボタンがはめにくいことは仕方ないとして、洗濯バサミも開けないほど痛かった。
今でも時々痛むのは、右手首だが、両手首がダメだと何をやっても激痛だった。

まあ、そんな症状に比べれば。

数歩歩けば痛くなくなる足裏くらい、どうってことない病気だ。足裏鍛えろや、というだけの話だ。
しかし、病名告知しただけでスルーなの?
病気にもランクがあるのは、分かるけれど。
リウマチより低いランクだとは思うけれど。
足底筋膜炎。
それなりに、辛いんだけどな…。
まあ、仕方ない。
とりあえずアキレス腱伸ばしでもして足裏を鍛えよう。


次回は、第一部 一章 幻影騎馬団  3 です。

更に、魔人のこと、前回コラムで書いたことが分かるように展開していく予定です。

ここまで読んでいただきまして、どうも有り難うございます。

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また、次回もよろしくお願いします!

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