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【凸凹考察】主観の在処

会社のとあるコラムで「がまん」について取り上げている記事を読んだ。
いい我慢と悪い我慢ってなんでしょう?みたいな話で、具体的な対処までは言及されていなかったんだけど
・無自覚な我慢が祟ってある日突然爆発する
・我慢している自覚はあるけど、表に出してはいけないと堪えて爆発する
・我慢していることを発信して辛いと言っているけど解消されず爆発する
みたいなパターンが紹介されていた。

私はことメンタル関係だと「自覚はあるけど表に出さない」には思い当たるし、爆発前に表に出さないのほうが限界迎えることが多いが
身体面は結構「我慢自体に無自覚」パターンを引く。
風邪はこじらせると肺炎になると知ったのは12歳の頃である。

最近、メガネを買い替えた。しっかり仕事に使うブルーライトカットレンズを1本買って、追加で以前から持っていたフレームのレンズ交換も追加したのでなかなかの出費。
遡ること3月ごろになるが、実は昨年度の健康診断で視力の欄に「要改善」と書かれていた。
その場でも看護師さんから「メガネのほうみえてないですよ」的なことを言われて、えっ裸眼じゃないんですか?と頓珍漢な回答をしたのはうっすら覚えていた。

しかし、その時使っていたメガネは元々PC作業を優先して0.9あたりを狙ったものだった。
車の運転を意識して強い度数にしたら頭痛が出たのがきっかけ。
なので、ある意味「そんなもん」と要改善のキーワードを軽視して特に対処していなかった。
それから時は流れ最近、今度は見えなさすぎて頭痛首肩の痛みが毎日のように酷く、整体と迷って向かったメガネ屋さんにて

「今0.4しか視えていませんね」

とあっさり道路交通法違反を指摘された。
メガネを慌てて買い替え、予備は意義をなくしたためリサイクルに出して今に至る。

健康診断より前まで遡ると実に1年近くこの「あんまり見えない」に気づかないまま生活していたことになる。
実際0.4を指摘され、乱視の悪化に合わせたメガネができるまでの1週間にやっと、普段めまい?疲れ目?と思っていた視界は常に乱視でブレブレだったと理解した。
勘違いどころの騒ぎじゃない。

私のメガネについてダラダラと書いてしまったが
このように日頃から不調やズレに疎い身としては、いくら発達障害…ASDのことを深く知っても、それが自分に置き換えたらどうなの?という主観に頼る当事者研究が果たしてできるもんなのかさすがに不安になった。
自分の感性が変なことそのものには自覚あるが、現実でどれくらいのズレなのか、どっちにズレているのかは前提を捉え違えていたらわからない。
まぁ、環境が生み出す障害らしい側面でもあるんだけど…

相対的な違いも捉えづらいが、自己の感覚にも疎い(感覚鈍麻、だけでは片付かない視点の弱さ)ASDの本質を探るためにはどうしても「他人」の介入は避けられない。
そういった合わせ鏡の側面を強めた場所、ないだろうか?



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