見出し画像

コラム 酒のシメ

 ぼくは、酒飲みです。
 酒飲みにも、いろいろなタイプがいます。まあ。一人ひとり、ちがうと言っていい。
 清酒派、焼酎派、ワイン派、洋酒派、……。
 酒の肴も、日本料理、中華、イタリアン、……。
 ワイワイ賑やか、しんみり、無言、……。
 ぼくは、独り、燗酒を、手酌でチビチビがいいのですが、時には、気の合った(これが、必要条件)仲間、知人との酒宴もいいものです。
 右も左も勝手にしゃべって飲んで、というより、みんなが同じ話題を語らいつつ、と言って、議論にはならず、友のいつもとはちがった面を見るなどしながら、和気藹々、次の日にはほとんどのことを忘れてしまうような酒がいい。
 今日は、その酒席が終わったあとの、お話です。
   ああ、飲んだ、食った、語らった。満足、満足。
 支払いを済ませ、三々五々、それぞれの方角に散っていきます。バスや電車の人は連れだって駅や乗り場へ、家が近い人たちは徒歩で、などなど。結局一人ひとり別々に帰途に就く。となるのですが、ある人がいると、必ずお声がかかるのです。
「徳永クン。もう一軒、付き合ってくれない?」
 ああ、やっぱり、ちっとばかり早めに姿を消せばよかった、などなど悔恨がひらめきましたが、もうどうにもなりません。
「あ、はい」
 先の展開は分かっている。だから、断りたい。
 でも、この人は、職場で唯一の大学の先輩。仕事はもちろん、プライベートな面でも、あれやこれやと世話になっている。はっきり言って、逆らえない。
「すぐ、そこだらか」
 ここからだと、多分、あのカフェレストランだ。最初に連れて行かれた店だ。ぼくの、チョコレートパフェ初体験の店だ。
 ずんずん進む。さっきの会食で酎ハイを勢いよく空けていたのに、足取りに乱れがない。ぼくはよぼよぼ後に従う。
 若い客ばかりの店の中を進むスーツ姿の二人。空いていたのは道路に面したテーブル。座るとほぼ同時に、上から下まで黒ずくめの店員が水のグラスとメニューを置く。しかし、メニューは開かれることはない。
「チョコレートパフェ、2つ」
 ぼくはとっくに諦めているから、驚きはない。酒を飲んだ後に、チョコレートパフェでシメる人って、日本中に何人いるのだろうか、なんて考えていたら、口の中がねっとり甘くなった。
「ここのパフェはね、濃厚そうに見えるが、口当たりが軽やかでね、一口一口に満足感があるんだ」
 ああ、そうですか。でも、ぼく、生憎、甘いもんはあんまり好きじゃないのです。ぼくのうちは、女房は甘いものが好きだが酒は飲めない。ぼくは甘いものには手は出さないが酒が好きで、安穏が保たれているのです。
 薄れていく酔いを引き戻そうとしていたら、それ、それ、ガッチリ、モリモリのそれが届いた。
「上と下では、それぞれのチョコのキャラクターがちがうんだよ。真ん中のイチジクのコンポートとジュレのからみ、帽子をかぶったようなキャラメルアイスが、実にいい感じだよね」
 そう言いながら、スプーンで中味が混ざるように、上下に突き刺す。子供のころ見た子供向きの特撮テレビドラマのオープニングのシーンがよみがえる。
 ぼくも、恐る恐るスプーンを取り上げる。「よく耐えている」と、ぼくはぼくを誉める。
  ぼくは、だーれも恨まない。ぼくも、負けずにかき混ぜる。

 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?