海のはなし。

朝の海が好きだ。朝焼け、紫に染まった海が好きだ。
昼の海が好きだ。深い紺青、空とのコントラストが美しい。
夜の海が好きだ。のぼる月、その照らす波のゆらめきが。

たが私は、夜の海を恐ろしくも思っている。


花火の夜だった。
私の住んでいた地域は海が近い。夏になると毎週末のように、どこかの漁港で祭りや花火大会が催されていた。
人混みにうんざりしながら屋台で買い物をし、近くの公園でレジャーシートを広げた。

この頃の花火大会と言えば、友人づきあいの一つだった。今も年に一度は会う、同級生たち。この頃にはもう、疲れていたように思う。何が悪いわけではない、ただ価値観の相違にしんどく感じるようになっていた頃だった。

楽しいはずなのに、空虚だった。笑うふりをしていた。それを指摘されるときもあったが、思うところを話せば否定か茶化しが待っている。
私たちはまだ、若かったのだと思う。
きゃあきゃあ騒ぐ声を、どこか遠くに感じながら、花火を見上げた。

拍手と共に花火大会が終わり、人々が家路につく。
少し時間をずらして帰ろうという事になり、飲み物を買ってベンチに移動した。その時の話題は恋の話だの、いわゆる「売れ残りのクリスマスケーキ」の話だので、私は愛想笑いで対応していた。
途中から友人たち同士で盛り上がり始めたので、なんとなく海のほうへ視線を向けた。

暗い夜だった。空と海の間が曖昧になって、そこには闇だけがあった。
そこを見つめていると、感情が吸い込まれていくように思えた。悲しさも、寂しさも、苛立ちも、孤独感も。そして何かが、私の内側をひっぱるような、そんな感覚がした。
ああこれが、そうなのか…。私は一人、納得していた。

私には妹がいた。その妹が亡くなり、母は父に「海が見たい」といったのだそうだ。
父の運転する車で、夜の海を見にいったと聞いた。車から出ないことを条件に。
長いこと海を眺めていたらしい。出てしまったら引っ張られたかも、と母は言っていた。

たしかにこれは、惹き込まれてしまいそうだと思った。
そこに恐怖はなく、ただ吸い込まる。

そのうち、またねと言って解散となり、私は帰路についた。


朝方や、夜。静まり返る中で風に乗り、波の音が聞こえる時がある。そんな時、脳裏には夜の海が、ぽっかりと口を開けたような闇が浮かんでくる。
それを私は愛しくも思うし、恐ろしくも思うのだ。


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