K氏

しばらく前の話。YouTubeでネットサーフィンしていたところ、80年代後半にフジテレビ系で深夜にやってた「男2」(男の事情)という番組の、今や大物ソウルシンガーとなったK氏がゲストの回の録画映像にぶち当たった。

番組ホストはバブルガムブラザーズで、俳優やらミュージシャンといった男性を毎週1人ゲストに招き、ゲストの女性遍歴やら女性観を聞いていくといった趣向で、毎週の放映を待ち焦がれていた番組であった。
トークの内容もさることながら、ブラックミュージック初心者だった俺にとってこの番組の中でバブルガムブラザーズとゲストが歌うソウルミュージックを聴くのが何よりの楽しみで、ブラックミュージックに目覚めるキッカケになった番組でもあった。

K氏がゲストのこの回も鮮明に覚えている。
番組の中で歌ったビリー・ポールの「Me & Mrs.Jones」を聴いて、ソウルバラードって綺麗だなぁって感覚に目覚めた。

バブルガムブラザーズも「Won't be long」がヒットする前は、結構ソウルの名曲をカヴァーしており、仙台でも市民会館小ホールやSパルのエントランスなんかで小規模なライヴをちょいちょいやってて、ブラックミュージック初心者の俺にとって、生のソウルに触れる貴重な機会ってわけで、随分と観にも行った。

さて、話は件の番組に戻るが、そんなソウルミュージックとは別に印象深かったのはK氏の童貞喪失の話。しどろもどろ。当時25歳のK青年、実はまだ筆下ろしが済んでなかったことが如実に…。次週、田中健がゲストだった回の中で、田中健の女性経験の話をしてる中で、ブラザートムさんが「先週のKにはやられましたからねぇ」と発していたのを繋ぐと「なるほど」と。

まぁそんなことは早かれ遅かれ通過する大人の階段ではあるが、まだ20代前半だった俺にとって、バリバリでソウルを歌うひとかどのK氏が、人生の通過点を未だ通過していなかったことに一抹の優越感を覚えた記憶。

このK氏、実は我が母校の学祭に来ているのである!ただ、メインアクトとしてではなく、前座でである。
その時のメインは小林明子。当時、ドラマ「金曜日の妻たちへIII」の主題歌「恋におちて」が大ヒットしたが、ドラマ放映は85年8〜12月とのこと、K氏のデビューも85年。小林明子が売れ始め、K氏もまだブレイク前というタイミング、俺の在学中ということから、学祭も85年か86年のことだろう。残念ながらこの学祭ライヴは観ていないが、観に行った友達の話によると、K氏のやけに日本人離れしたファンキーなライヴの印象もさることながら、小林明子が持ち歌がなくて、アンコール、アンコールで「恋におちて」を3回歌ったとか…。

で、K氏絡みではこんな思い出も…。

時は過ぎ、社会人デビューほどなくして、酒も飲めないながら憧れの国分町デビューも果たし、ちょいちょい通っていたスナックがあった。その店にはメッチャ好みの鶴岡美人がおり、もちろんその娘目当てで。通ううちに結構仲良くなって、互いに友達連れ立って、キャンプしがてら夏の野外ライヴに行くことになった。そのライヴの出演者にK氏の他にもバブルガムブラザーズや米米クラブと豪華ラインナップ。で、K氏の出番は、陽も傾きかけた頃で、夕陽をバックに自身の持ち歌で誰もが知るバラードの名曲を歌った。それはそれは幻想的で、感極まって泣いちゃってる女性客も結構いたりして。
で、これをきっかけにお目当ての鶴岡美人と仲良くなりました!というのが話のオチではない!

あの日あの時、別々ながら同じ場所にいて、こうして巡り逢うとは運命を感じるねぇ…と語り合ったのは、後々出会うこととなる元嫁。運命の巡り逢いを果たして10数年の後には運命の別れを経た…というのがオチ!
お後がよろしいのかどうか…。

今現在、弾き語りをやってる中で、このK氏の楽曲も取り上げる機会があるんだが、やはり難易度が相当高い。弾き語りにはなかなか向かない曲が多い印象なんだが、この方が作曲する時って、なんの楽器を使ってるんだろう…と。素人考えながら、楽器で弾きながらの作曲なら弾き語りの要素ってちょっとは匂ってくるものだと思うが、それがないということは、メロディーを口ずさんだりするのが導入になっているのだろうか…。

あっ、ちなみに冒頭にご紹介したYouTube上の番組映像は、後々削除されてました。
ね、ますます当時の疑惑色濃く…。

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