世襲坊ちゃんの放漫経営

「すごく言いにくいことなんですけどぉー あの、気を悪くされないでくださいね」
あのいつもの雑なガサガサとした声で向かいの席の女が切り出してきた。
向かいの席といっても今日はリモートワークの日だから、わざわざチャットツールで「直接お話ししたい」と送られてきたものを受けてのWeb会議だ。

この向かいの席の女は、一応私の「指導員」ということになっている。
新しく着任したばかりの私のお世話係も兼ねているとその当時伝えられたので、立派な経歴の人だろうと勝手に思い込んでしまったが、話して数秒で分かった、あまり学や教養のない女だ。
別に悪い奴じゃない。どちらかといえば性格は良い。この職場のすべての人間はとても性格がよく見える。今時珍しい職場だ。
だけど私には居心地がよくない。
全員が猿に見える。
どうにかこの高飛車な?自分の考え方を改めたいと思ったものだが、日々あまりにも頭の悪い奴らに囲まれているとどうしてもそういう悪態をつきたくなる。言葉に出さないだけましだ。だからここに出すことにした。

とにもかくにも冒頭のセリフ。
なんでそんな仰々しいものの言い方かと思ったら、何と私のクラスの生徒からクレームめいたものが入ったらしい話だった。
「先生が厳しすぎて合わない」

このお門違いの「クレーム」を入れてきた生徒・大城は、1年を通じて一度も登校してこず、放課後になるとサークルに顔を出し「俺は学校に登校しなくても卒業できるんだ」と周りに触れて回っていた。どうやら彼の設定では「プロのミュージシャンで事務所に所属して生計を立てているから学校は登校しなくても出席扱いになる」ということらしい。
覆面で活動しているからあまり人に知られたくないという設定。1年の担任はそれを黙認してきており、彼は登校しなくても出席扱いにしてください、と引き継がれていた。
そんな学校があるもんかと思い、彼含めクラスの二人に証明できる書類の提出を求めた。
活動実績でもいい、所属している事務所の在籍確認でもいい、なんでもいいから出せというのに、コイツは1年間結局上がってこなかった。(もう一人は出してくれたのでインターン扱い等学校の
正式なルールに則った対応とした)

だからはっきり言い渡した。
どこで活動してるか分からない、実際の作品の一つも学校に持ち込めない奴が全く学校に来ないのをインターン扱いなんてできるわけないだろう、と。
課題を出せと言っても一切出してこない。
すぐに具合が悪くなっただのなんだのと言い逃れて何もできない。
こんなやつ卒業させたら学校の恥だわ。
だから、問題児だらけのクラスの60人もいる(そもそも定員オーバーだろ)バカどもの中で卒業ヤバイ奴はいっぱいいたものの、彼の件が一番悪質だと思い、「課題を出してこなければ卒業はできない」と言い渡し、上長の承認も取っていた。

なのに。
石崎は上長の確認も取らず事実確認もせず、大城の言い分をそのまま信じいきなり私に掛け合ってきた。

「だって彼ぇ~すごいじゃないですか~プロミュージシャンで活躍してるってぇー」
バカなのか。いえバカなんです知ってますけど言いたくなるんですよ。。
「え?その活動実態ってだれか見たことあるんですか?そもそも彼のギターってそれほどの腕じゃないですよね?いや誰か一人でも彼のライブに行ったとか活動している様子を知っているという人いたら教えていただきたいんですけど」
「いやそれは私も知らないんですけどぉー、理事長も言ってるじゃないですかー、課題や出席でその生徒を判断するなって。」

課題と出席で判断しなかったら何で判断すんだよボンクラかよここの理事長。いやボンクラなんですけどね。知ってる。

石崎は得々として続ける。
「まぁねぇ、相性ってあるじゃないですかぁ?私もありますよやっぱり苦手な生徒ってー」
「いや担任の相性で卒業の可否が分かれるような学校ってなんなんですかね。」
一瞬石崎は黙ったが「いやまぁほら、彼学校のお手伝いとかもよくしてくれるしー」
学校の手伝いが単位になるのかよって話。
なるんだったらいいんだよ。
まあそれで単位取れたとして彼の場合卒業には程遠いけどな。

で、石崎の言い分というか提案はこうだ。
「相性の問題で狩野さんがやりにくいんだったら私が彼卒業させてあげますよ。ほらうちのチームの成績にもなるし。狩野さんの実績にもなるじゃないですか」

実績っていうけど、授業内容やクラスの卒業率や就職率でちゃんとまともに評価したことあんのかよこの学校。いや厳密には先代の理事長まではそういったまだ学校のテイをなすような教育的な評価軸があった。けど今のボンクラ理事長になってからその辺の評価軸は全く聞かなくなっていた。

彼女はもちろん親切のつもりだ。だからタチが悪い。俺の一番嫌いなタイプ。

なんの根拠もねえくせに。しかも60人のうち1人くらい退学させたって率には大して響かんわ。いくらでも顛末書でもなんでも書いちゃるわ。

この一件が、ずーっと私の毎日に重くのしかかっている。
無事に彼を卒業させた(させて「いただいた」)今も、まだ尾を引いている。
なんでこんなクソ生徒を卒業させなきゃならんのだ。
社会の害悪でしかない。

ちなみに大城は先天性の疾患で障碍者1級手帳を持っていることを私が突き止め、彼はそのおかげで出席を免除されて卒業できた展開だ。ていうかそもそもそんな障害持ってたら授業なんか出られるわけねえし。プロミュージシャンの設定どこ行ったんだよ。もちろん課題や理解力についてはほぼゼロ、何のためにこの学校に来たのか謎なレベル。
もちろん就職もできなかったので、次は服飾の学校に行くと言っていた。
おそらく家が裕福で障碍者手帳のおかげで就職しない言い訳も成立し、困らない楽な生活でもできるのだろう。
ミュージシャンやってますなんてうそぶきながら誰でも入れるような専門学校をはしごしてりゃいいさ。
無事に卒業できるとわかるや否や、また職員室にきて「いや明日ライブだからさー」とか妄言をはいていた。
「すごいねー」ってちやほやする、生徒ならまだしもここのクソ猿職員ども。

とにかく何もかも、すべてが腐敗しきっている専門学校。
進級も卒業もお手盛りで、何も技術を身に着けなかった子どもたちを笑顔でブラック派遣に送り込んでいく。今どきのこの国の専門学校って、たぶん多かれ少なかれみんな同じだ。一つだけもし異なることがあるとすれば、ちゃんと自社で操業していた学校はおそらく淘汰でつぶれていき、何かしら資産のある道楽経営の学校だけがクソなまま残り続ける。専門学校の理事は判で押したように世襲なので、基本は先代が築き上げた宝をただ食いつぶしていくだけのごくつぶしドラ息子ドラ娘経営なのがほとんどではないか。

敢えてのあまり詳細を書かずに始めてしまったが、それくらいとにかくイラついている。どこかに吐き出さないとやっていられない。どこかに密告して辞めるくらいの腹は括った。こんな学校に金出す親も子どもも本当にかわいそうだ。通信制高校しかり。こんな国に明るい未来は無い。


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