見出し画像

広島高裁差戻審決定を批判する

性同一性障害特例法を守る会 美山 みどり

またもやおかしな司法判断がなされてしまいました。

とはいえ、これは昨年の最高裁での特例法手術要件の不妊要件の違憲判断を受けて、広島高裁での差戻審の決定ですから「もう一つの手術要件である外観要件は、どうなるのか?」と私たちも注視してきた裁判なのですが…

ある意味「逃げた」決定になります。

さすがに「外観要件は違憲である」という判断まではしません(「違憲の疑いがある」とは言っています)が、性ホルモンによる治療を通じて、男性器が委縮しているから戸籍性別変更を認める、という決定を下してしまったのです。

事実審である差戻審において、改めて「外観要件を(異例ながら)満たしている」と判断したことによって、とりあえず私たちにとっての最悪のケースである「外観要件の違憲判断」をするだけの踏ん切りは、裁判官にもつかなかったようです。

当事者にとっても困った司法判断

もちろん、この判断には大きな問題があります。こんな玉虫色決着では、女性たちの「男性器のある法的女性が、女性スペースに侵入してくる!」という恐怖を鎮めるどころか、かえって女性たちに大きな脅威を与えることにもなります。まさに、更なる「文化戦争」を裁判所が煽ることになりました。

女性たちの心配はもちろんのことです。ですから、私たち今まで手術を受けて社会に受け入れられてきた戸籍性別変更組にとっても、

それじゃあ、戸籍性別というもの、身分証明書の性別というものの、信頼性がなくなる。自分たちも見た目があまり女性的ではないことから、「ホントは男性器があるのでは?」と疑われた時に、身分証明書の性別での証明ができなくなる!!

という新しい脅威が生まれてしまったのです! 今までは戸籍変更組は「男性器がない」ということを戸籍性別によって証明することができたのです。それが今後は保証されないことになります…。これは由々しい事態です。これによって困るのは、見た目に男性的な部分を残す手術済の MtF なのです。まさに一番「苦労する」人たちを、さらに生きづらくするトンデモない判断なのです。

実際、今までは手術さえしていれば、女性たちもそれほど強く女性スペースの利用を拒みはしなかったのです。しかし、見た目が男性的な「女性」が女性スペースに侵入して、性加害の不穏な動きをした時に、身分証明書の「女性」を提示して女性たちを黙らせようとするのならば、女性スペースは崩壊してしまいます。そのとばっちりを受けるのは、手術済の「パス度の低い」MtF なのです。そうなれば、

少しでも見かけが男性的だったら、即通報!

が女性たちにとって女性スペースの安全を守るために取らざるを得ない手段になります。荒んだ空気すら生み出しかねないですが、女性らからすれば致し方ない面があります。

難しくなった特例法改正論議

さらに言えば、現在不妊要件の違憲判断を受けて、特例法の改正論議が始まりつつあります。しかし、この判断はその中途半端さゆえに、事態を複雑化させ、収拾をつけることを難しくしています。

「どこまで男性機能を無効化したら、戸籍性別変更を認めることができるのか」のライン引きがない。

もちろん今まで、こんな医学的研究はなされていません。どこまでホルモン治療したら、不可逆的に機能が無効化するのかを研究するのは「非人道的な研究」と誹られても仕方のないことでしょう。研究もされていないことを、誰が判断できるのでしょうか?

私(美山)の経験から言えば、女性ホルモンによって言うほど男性器が委縮したか…というと、そんなこともありませんでした。個人差が大きいものでありますが、女性ホルモンを長年投与していても、全然勃起しないわけでもありませんし、男性機能が完全になくなる、というのも難しいものがあるというのが正直な印象です。ましてや、一旦女性ホルモンを止めたらどうなるか、どこまで復活するかという面でも、なかなか難しいというのが実体験からの意見になります。

誰がそのラインを判定するのか?

泌尿器専門医でしょうか? 確かに現状でも、特例法で戸籍性別を変更する際には、泌尿器科医による診断を経て、性器が「異性に近似する」ものであることを確認することになっています。これは私(美山)のケースですが、実は手術証明書を持って行っただけで、紹介された泌尿器科医は診察せずに診断書を書いてしまいました。現在かなり診断さえも形骸化しています。
そんな状況下では、手術なしで認めろ、とするケースでは、診断と共に写真による判断も必要となるのではないのでしょうか。その場合、裁判官はどのような基準で判断するのでしょうか?

誤った判断をした場合にどうするか?

もし、戸籍性別を変えたあとで、女性ホルモンの投与をやめ、あるいは男性ホルモンの投与を受けることで、男性機能が復活させることは、その「女性化の程度」によっては可能であるかもしれません。そして男性機能を使った性犯罪を起こした場合に当人が処罰されるのは当然ですが、そんな審判をした責任を誰が取るのでしょうか? 診断をした医師でしょうか? 審判を行った家庭裁判所の裁判官でしょうか? ライン引きについて誰が責任を取れるのでしょうか?
私たちは当事者として、戸籍性別変更の取消などの制度が必要ではないか、という提言をしようと考えております。その場合に、誤った診断を行った医師の責任追及も可能にすべしと考えています。

「性同一性障害」の診断書

さらに言えば、現在、戸籍性別を変更するために家庭裁判所に提出する性同一性障害の医師の診断書は、医師であれば誰でも書けてしまいます。なんら専門的な知識のない町医者であっても、家庭裁判所に出す診断書が書けてしまうのですね。
今までは事実上、手術という事実に基づいて審判がなされてきたと言っても過言ではないのです。手術という事実があるからこそ、さほど診断書を書く資格が重要視されていなかったとも言えるのです。
ここで手術要件がいい加減になってしまえば、診断書の重要性は格段に上がり、そのために厳格な運用が求められるのです。しかし現状ではまだそのような体制は、性同一性障害の専門医を集めた日本GI学会(旧GID学会)でも作られていません。ならば、この体制ができるまでは、現実的な特例法の運用として、

  1. 手術済の人については従前どおり

  2. 手術をせずに戸籍変更したい場合には、複数の専門医による厳格な診断と移行状況についての専門的な検討の上、学会での倫理的な審査による承認の元にしか、診断書を発行してはならない

というようにでもしなければ、公平な運用は不可能と思われます。

女性スペースの利用

女性スペースの運用については、現在「女性スペースについての法律」が検討されており、それによって身体ベースでの女性スペースの運用がなされるべきです。言い換えると、戸籍性別が女性であったとしても、手術していなければ女性スペースは使えない、という大原則は動かさないように、法の上で明言すべきです。

ですので、事実上、この戸籍性別変更の使い道は、

同性婚にならずに元の同性パートナーと婚姻できる

という程度しかないことになるでしょう。もちろん女子スポーツについては、各競技団体の判断にゆだねられますが、多くの国際的な競技団体が「少しでも男性思春期を経過していれば、女子スポーツへの参加は認められない」という合理的な基準を採用していますので、これは戸籍性別とはそもそも無関係です。

以上のように、この高裁決定は、特例法の改正論議を複雑化させ、問題をややこしくしています。かなり慎重な議論とあらかじめの医療・診断体制の確立がない状況では、特例法の改正を難しくし、さらにはその運用をほぼ不可能なものに変えてしまいました。

私たちの提言

なので、私たちはこのように提言します。

  • 女性スペースを守る法律を早急に作り、身体ベースでの女性スペースの利用を明言して定めよ。

  • GI学会は、手術なしでの男性→女性への戸籍変更のための診断書発行を、ちゃんとした診断基準ができるまでは停止する。そして、正規の専門医資格制度ができるまでは、GI学会で個別に検討されて認められたもの以外の診断書を、家庭裁判所は有効な診断書として受け付けないように求めよ。

  • GI学会は、いわゆる「一日診断」として、専門医でもない開業医が商業的に真っ当な診断もなく発行している性同一性障害の診断書について、効力を持たないことを宣言せよ。

私たち当事者の願いは、性別移行を後悔なく、周囲と協調しつつ行えることです。

戸籍性別の変更を簡易にすることは、一見それが当事者の役に立つように見えて、実は自分の周囲の人々や社会との軋轢を生み、また「気軽に」性別変更をしてしまって後悔する人を量産し、また性犯罪者に口実を与える危険な行いです。

さらにこの簡易化が「じゃあ、医療なんてどうでもいい」とタダの美容手術化を推し進めることを助長して、私たちが求めるようなエビデンスを重視した充実したジェンダー医療を、専門医が追及することを阻害する可能性が高いのです。そうなればこの判決は「いい加減なジェンダー医療」を蔓延させるきっかけにしかならないのです。

このような愚かな未来を選択しないように、皆さまに成り行きを注意するように訴えます。

以上




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?