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小説:狐004「スミさん」(472文字)

 この『狐』は常連客が大半だ。それぞれがそれぞれを何となく認識しており、愛称で呼び合う。愛称なのか蔑称なのか微妙な人もいるが。
 スミさんについては私とほぼ同時期にこの店に来るようになっていて、いわば同期といったところだろうか。本名がスミさんなのか、または、一番スミの丸テーブルの席を取りがちだからなのか、身体のどこかに入れズミが入っているからなのか、あるいはそれらのミックスなのか、そのあたりははっきりしない。詳しい年齢も分からないが、私より年上なのは間違いなさそうだ。髪を短く刈っていていつもオールドスクールなジャージを着ている。職業不詳の中年、やや壮年。噂レベルだが、不動産業で成功しているとか。
 ここではまあまあよく話す相手かもしれない。というよりもむしろスミさんがおしゃべりだからこその関係性であり、私から彼に何かを告げることは無いに等しい。
 私は彼のほうを見つつ黙ったまま、また一口飲む。球体の氷は一回り小さくなっていた。

 スミさんは独り言と他者へのメッセージの中間のようなトーンで、
「今日って、カズミちゃん来ないのかな」
 と漏らす。

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