お香を焚く


最近、毎日お香を焚いている。

元々お香は大好きだったのだけど
ちょっとおかしな出来事があって
それからはずっとやめていた。

その
"ちょっとおかしな出来事"とは…

以前とある部屋に引っ越しをした時のこと
新生活を始めるにあたり
掃除を徹底的にすることにした。
毎日朝一番で掃除機をかけ、
ヒバウォーターを薄めたもので水拭きして、
仕上げにお香を焚く。
部屋のあちこちにはハーブや花を飾り
我ながら惚れ惚れするような住まいだった。

ところが…
部屋をピカピカに磨き上げたあとに
お香を焚くのになぜか全く香らない。
掃除の仕上げに、と思っているのに
ただ煙が立ち上るだけ。
そのお香は前から使っていたもので
焚くと辺りにほんのりと香りが漂うはずだった。
少なくとも前の住まいではそうだった。
よく来た人に
「お香焚いてるの?」
と言われたものだった。
おかしいな、と思うのと同時に
なぜかとても怖くなった。
言い知れぬ不安。
新しいお香をいくつか買ってみたが
結果は同じ、香らない。

怖くなればなるほど
私はせっせと掃除をして
排水溝にもまめに洗浄剤を投入し
風水の本なども読み込んだ。

とにかく部屋を徹底的に綺麗にして
毎日お香を焚けば、そのうちなんとかなる
そう結論付けた。

そうして1ヶ月経ち、2ヶ月が過ぎ…

お香は相変わらず香りを漂わせなかった。

ところが、なんとも言えない異臭が
置いてある物に染み込むようになった。
本当に、"なんとも言えない"臭いなのだが
強いて例えるなら
使っていたお香がもし腐ったらこんな感じ?
あるいはお香に悪臭を混ぜた臭い
といったところだろうか。
そんなとんでもない異臭が染み込むのだから
正直たまったもんじゃない。
紙や箱は特に酷く、たまりかねて
捨てなければならなかった。

そうこうするうち
大量のカメムシが部屋を飛び回るようになった。
網戸にもびっしりと張り付いていた。
それはたまたま当たり年だったのかもしれないけれど、
とても不吉な感じがした。

3ヶ月目

不吉な予感は的中し
とんでもないことが起きた。
私の身に起きたわけではないが
とにかく、その部屋で起きた。
詳細は書けない。
ここまで書いておいて
一番重要なことを書かないのは
どうだろう、とも思わないでもないが
多分さらりと書けるほどには
まだ立ち直っていないのかもしれない。

その出来事をきっかけに
僅か3ヶ月で逃げるように引っ越しをした。
おそらく曰く付き物件だったのだと
今にしてそう思う。
ただ、"曰く付き"と言っても事故物件の類ではなく
(もしそうなら気がついていたと思うし)
もっと根深いもの、ケガレチとよく言われる
そうした"土地そのもの"の何かで
しかも、その"溜まり場"が
ちょうどあの部屋だった…
とても人間が太刀打ち出来るものではない
そうした場所だったのだろう
と、なんとなく思う。

引っ越しの時に家具も含めて
殆どの荷物は捨てたが
やはりどうしても、というものが僅かにあり
それらは持ってきたけれど、
例の異臭が染み込んでいてきみが悪く
結局は捨ててしまった。
引っ越しをしてから
買い集めていたお香を改めて焚いてみたら
やはり良い香りを辺りに漂わせてくれた。
それでも、あの毎日毎日訳もなく
怖くてたまらなかった日々が思い出されるので
結局は一つ残らず捨ててしまった。

そんなわけで
全く使わなくなっていたお香だったが
最近また引っ越しをして
それを機に使い始めた。
焚くと部屋中に濃くて甘い白檀の香りが満ちて
安らぎを覚える。
怒涛の日々は終わり、
ようやく新しい節目を迎えたのかもしれない。








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