なにげに文士劇2024旗揚げ記念連載#7【木下昌輝】
芝居の教訓:行間を読め
文:木下昌輝
30年前のリベンジができる。
文士劇のお話を朝井まかてさんからいただいた時、そう思ったのだった。
30年前、私は20歳を目前にした青年だった。暇を持て余した私は面白い短期バイトはないかと、バイト情報誌・フロムエーをめくっていると「ヒーロー着ぐるみショー」の募集を見つけたのだ。
演目はセーラームーン(と仮面ライダー)。興味本位だけで申し込むとなぜか採用された。私に任された役は、タキシード仮面だった。人生初タキシードである。
夜、小さな事務所に集められて、何日かの簡単な稽古をした。幸いにも録音テープがあり、セリフを発する必要はない。テープにあわせてジェスチャーのような演技をするだけ、顔もかぶりものをしてわからない。
キャストは確かセーラームーンとセーラーマーキュリーとセーラージュピターと妖魔と私が演じるタキシード仮面の4人だった。小さなバンに乗って遊園地にいったのを覚えている。短期バイトは私だけで他は全員、古株のメンバーだった。
顔の前部分だけ空いた全身タイツをはいて、タキシードに身を包む。本番前は、かぶりものの仮面はかぶらない。とてもシュールだ。セーラー三戦士も全身タイツにセーラー服という姿で思い思いに過ごしている。ファンには決して見せられない姿だ。
本番前は気だるい雰囲気が漂っていた。折り畳み椅子に座りボーっとしていると、セーラーマーキュリー役の子が鏡の前で振り付けの練習をしていた。暑いので結構汗だくになっている。タキシード仮面はピンチの時にちょろっと出て、ちょろっと活躍して舞台からはける役なので練習はほぼ必要ない。
真面目な子だなぁとぼんやりと見ていると、突然、彼女が振り付けの練習を止めたのだ。そして、セーラーマーキュリー演じる彼女がおもむろに椅子に座る私のところまできて、私の膝の上に座るではないか。
「私、タキシード仮面好きやねん」
え? 何? これ? どういうこと?
全身タイツにタキシード姿の私は混乱した。
20年生きてきて、いまだこんなシチュエーションに遭遇したことはなかった。
頭がバグった。
結果、こう思ったのだ。
『彼女は本当にタキシード仮面が好きなのだ』
と。
そして、こう結論づけた。
『俺はタキシード仮面の足元にも及ばないしょぼい男だ。彼女を勘違いさせてはいけない』
と。
今にして思えば、私は小説でいうところの行間を読むことができなかった。彼女の言葉の行間を読めば、こんな思考プロセスはへなかっただろう。
ひとりで決めポーズを練習するぐらい、セーラームーンを愛している彼女を裏切ってはいけないと思ってしまったのだ。
だから、こう答えた。
「俺はあんま好きちゃうなぁ」
と。
こうして、2日にわたる短期バイトは終わった(2日目は仮面ライダーの怪人役だった。全力で演じた)。
行間を読む能力がなかったことが、今にして思えば悔やまれてならない。あの20歳になる前の夏は永遠に戻ってこない。
これが、私の最初で最後の舞台になると思っていた。
そして、私はプロの小説家になった。
行間も読めるようになった(と思う)。
そんな時に、まかてさんから文士劇の話を聞いた。なぜか体が熱くなった。
あの時のやり直しをできるのではないか。
少なくとも今の私は行間が読める。
何より30年前、タキシード仮面で登場した時の歓声、怪人として仮面ライダーにやっつけられた時の子供たちの盛り上がり、深夜の公園での稽古での熱意、あの雰囲気をまた味わえるのが楽しみだ。
今回の文士劇は葉室麟先生のお墓参りがきっかけと聞いた。私は葉室先生とは面識がないが、こういう機会をいただいたことに感謝しつつ30年前のリベンジをしたい。
日時:2024年11月16日(土曜日)16時開演
開演:サンケイホールブリーゼ
全席指定 8,000円
[主催・製作]なにげに文士劇2024実行委員会
なにげに文士劇の詳細は上記HPまで!是非チェックしてください♪