【Vampire.ID】その3

1.白木の杭

マトリックスでの銃弾を避けるネオのような体勢から起き上がった加藤の顔のほんの数ミリの距離を白い稲妻が通った。

ビリビリと空気を振動させたその稲妻は、アマラントのBMWのドアに突き刺さった。

「ちっ!外したか」

ヴァンパイア・ハンターの一人は悪態を付くと、背中の白木の杭に手を伸ばした。

「焦るな」

 老齢のハンターが若いハンターを窘める。

「心臓を狙うな、胸の中央に狙いを定めろ」

先程ギャングの頭を蹴ったハンターが派手な装飾が施されたクロスボウを構える。

ヴァンパイア・ハンターは大抵は一匹狼だが、ヴァンパイアが集結するレコレータ墓地にはハンターが一時的なチームを組んで来ていた。

「あーあ、俺の車が台無しだ」

アマラントは言葉とは裏腹に、このイベントを彼も楽しんでいた。

加藤がチラリとアマラントの方を見て、「御愁傷様」と呟くと、アマラントが指を鳴らした。

 2本目の白木の杭が加藤に届く前に空中に停まった。

「余所見はアブナイぜ」

「俺の遊びを邪魔するなよ」

加藤は息を整えながらアマラントに中指を立てた。空中に停まった杭を蹴りあげると、杭は粉々に砕けた。

「おや、あれは?」

アマラントが指した方向には、さっき逃げ出したギャングではない一団がバイクや車に乗って来るのが見えた。

「虫がまた来やがった」

加藤はヴァンパイア・ハンターの若造に風のように近づくと、片手で喉を締め上げた。

「つくづく懲りねえやつらだ」

若造の首を握り潰そうとするが、全身に痛みが走り、力が入らない。

痛みを感じるのは人間だった頃以来のことだった。

 標的が近すぎる為、ハンターはクロスボウではなく、杭を持ち、木槌で加藤の胸に打ち込む戦法に変えた。

聖水や十字架でヴァンパイアが弱体化するシーンが小説などにあるが、現実のヴァンパイアはそんな小道具では弱体化はしない。

太陽の光で致命的な火傷での【死】が望めなくなった今、銃撃などの物理的な方法か、古来よりの心臓を杭で打ち抜くことがヴァンパイアを殺す唯一の方法だった。

なぜ白木の杭なのか、それは「簡単に作れる」ものであり、防腐剤などを塗らない「無垢」なものだからだと言われている。

 人間よりも「複雑な欲や闇に塗れた妖魔」には「簡単に作れて無垢な杭」が効果があるというアンチテーゼであると哲学的には言われているが、単純に銃がない時代の「心臓を直接壊す」為のものでしかなかった。

怪物を直接人間の手で殺す為に選ばれたのが「白木の杭」だけだった話だ。

「これは、会合に遅れると連絡した方がいいな」

加藤はまだ幼い顔をしているハンターの首筋に噛みついた。

2.戦場か墓場か

若造の首筋に牙を立て、血を吸いながら、背後から杭を手に迫ってくるハンターを数人蹴り、そのうち一人の首を反対に曲げた。

軽く蹴ったように見えたが、ヴァンパイアの力は人間の比ではない。

目を赤く染めながら加藤は若造の血を吸い終わると、彼の身体をくしゃっと丸めた。

普通の神経の人間なら吐き気を催し、嘔吐するのだろう、ゴキゴキゴキっと骨という骨が砕かれる音を立てて、一人の若いハンターのボールが出来上がった。

 肉塊を呆気に取られているギャングの集団に投げつけ、加藤は吠えた。

ヴァンパイアは狼に変身できると言われている。しかし、それは「変身」ではなく、獣のような能力を持つヴァンパイアの氏族を見た人間による誤認だ。

加藤のような獣じみた能力を持つ者は、lupusInsano/ルプスインサノ“狼狂”と呼ばれている。

狼の遠吠えに似た咆哮に、似たような咆哮が応答する。

他にもlupusInsano/ルプスインサノ“狼狂”のヴァンパイアがいる証明だ。

「ここは戦場か?」

アマラントが自分に似た黒ずくめの男がゆっくりと霊廟から影のように現れたのを見て呟いた。
アマラントと同じ、sanguijus/サングイジス“血の法”の使い手、veneficus/ウェネフィクス“魔術師”だ。

「いいや、墓場さ」
 
加藤は口を歪めた。
“楽しい”。そう感じていた。

 痛みがあることで、“死んでいる脳”にノルアドレナリンのシャワーが降りかかり、ヴァンパイアにとっても大事な儀式の一つ、“処女の血を吸う”ことに似た興奮を味わっていた。

「長老から伝達だ。πόλεμος」

霊廟から影のように現れた黒ずくめの男がアマラントに告げる。

πόλεμος/ポーレモス。ギリシャ語で「戦」の意味になる。

ヴァンパイアの長老は、このレコレータ墓地を戦場、そして人間どもの墓場にするよう決断したのだ。

「わかった」

アマラントはニヤリとして、新たに現れたギャングの方にゆっくり歩み出した。

ヴァンパイアの長老は、人間を寄せ付けない為にレコレータ墓地を会合場所に決めたわけではなく、ヴァンパイア・ハンターや狂った人間を誘き寄せて殺すためにこの場所に決めたのだった。

その事は加藤にもアマラントの思念によって伝えられた。

“πόλεμος”

脳内に血文字でギリシャ文字が流れる。加藤はまた咆哮した。

「全くサプライズが好きなやつらだ」

 氏族を束ねる十二長老は、アマラントと同じveneficus/ウェネフィクス“魔術師が多数を占めていた。

3.ヴァンパイアの死

レコレータ墓地に続々と集まってくる狂った人間達。中にはギャングではなく普通の人間も混じってきている。

ヴァンパイアに対する賞金額が上がったのだろうか、どこから湧いてきたのかという人間がレコレータ墓地に溢れていた。

 同時に、ヴァンパイアもゆっくりと数を増やしている。世界中にいるヴァンパイアに集合がかかった訳だから当然だ。

レコレータ墓地には現代を生きるヴァンパイアの全て、120体が集まっていた。
いや、人間に始めに殺された「X」やその後に殺された者を外すと99体が集まっている。

12長老とその側近の姿は無い。実質75体のヴァンパイアが日光の元で活動している。長い歴史の中でもこんなことは無かっただろう。


あちこちで銃弾や杭が飛び交い、血飛沫があがり、咆哮や呪文が聞こえ、肉を裂く音や骨が砕ける音がする。

戦う加藤の右頬が一瞬にして抉られ、煙があがった。

鋭い痛みが走る。

“銀の弾丸”だ。加藤はその弾丸を放った奴の方に身構えた。
 ハンターの一人が白木の杭を撃ち出すクロスボウの代わりに古風な装飾のあるマスケットの長銃を構えている。

撃ち終えた銃を下ろし、先端から長い棒を入れて中を掃除すると、また火薬と弾丸を銃身に長い棒で込める。

この面倒な作業が難点であるが、ヴァンパイアを“殺せる”銀の弾丸はマスケットでしか撃てない。命中精度は熟練したものでも目標から1mの誤差だということを考えると、加藤に当てたハンターはかなりの熟練者だと言える。

銃手は3人で、ハンター達はこの銃手を守るように陣形を組んでいる。

口からヨダレと血を流しながら加藤は笑いと怒りが混じった表情をする。

加藤の隣にいたlupusInsano/ルプスインサノ“狼狂”の若い女が飛び出した。

「待て!」

と言ったがすでに遅く、弾をこめ終えた銃手の銃が火を放ち、女の頭を吹き飛ばした。

人間よりも濃い、黒に近い血が地面を汚した。加藤の方へ頭を無くした身体が方向を見失って歩いてくる。

 “助けて”とでも言いたげに両手を加藤の方に伸ばすと、加藤はその身体を受け止めた。

不死だった頃はこの状態からでも“血の洗礼”、自分の血を与える事で“生き返らせる”ことが出来たが、リリスが死んだ今、ヴァンパイアは不死では無くなっている。

ただ、加藤は儀式的に自分の傷ついた右頬を頭が破裂した後の残っている頸の辺りに擦り付けた。

褐色の肌の手が加藤の頬に触れ、頭は無いが“キス”のような仕草をすると、ダラリと腕が落ちた。

女の身体は急に腐敗が進み、辺りに異臭を撒き散らしながらドロドロと溶け、僅かな骨と、あとは汚物の跡だけになった。

これが“ヴァンパイアの死”なのだ。

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