【vampire ID】その2

【vampire ID】その2

1.Cementerio de la Recoleta/レコレータ墓地

黒のBMWは高速道路を走り、北東にある大統領府のあるカサ・ロサーダ地区を抜け、Cementerio de la Recoleta(セメンテリオ・デ・ラ・レコレータ)へと到着した。

「ヴァンパイアの会合にはうってつけの場所だな」

加藤は皮肉混じりに言うと、アマラントは笑った。

「まあな。でもあながち間違っちゃいない。ここを会合場所にするのは理由がある」

車から格式高い霊廟が見える。

レコレータ墓地は“世界一美しい墓地のひとつ”と言われ、幾何学的なアールデコ調の霊廟、いびつさと調和のバロック調の霊廟、そしてネオ・ゴシック建築の霊廟など建築の髄を極めた霊廟が並んでいる。

墓地とは言え5.5ヘクタールあり、ミニタウンと言っても良い広大なものだ。

ここには有名人や政治家なとの霊廟があり、観光客も多く、ヴァンパイアを殺すのを生業としたヴァンパイア・ハンターや殺しても罪に問われないヴァンパイアを殺したいだけの狂った人間、ヴァンパイアを抹殺したいか、あるいは軍事利用したい軍でもそうそうはドンパチできない場所なのだ。

アマラントは車の中から周囲を見渡して、『虫が湧いてるな』と呟く。

中世から来たようなフリルシャツにズボン、ロングコートの“ヴァンパイア・ハンター”が数人。

現代において異質な雰囲気を醸し出す服装は、時代に馴染もうとしてきたヴァンパイアとは一線を画している。

コスチュームプレイをしている人との違いは、その醸し出す雰囲気と服が衣装ではなく着古されているだけで、一般人には見分けはつかないだろう。

 手にはモバイルデバイスを持ち、ヴァンパイアの『認識票』が確認できるようにしている。

『あっちにもだな』

別な方向に視線を向けると、そこには見るからにギャングとわかる若い男達が十数人たむろしている。

不躾に霊廟に背や肩をもたれさせ、同じくモバイルを手にヴァンパイアが来るのを待っていた。

ハンターの方は背中に白木の杭を背負い、それを打ち出すよう改良された古式ゆかしいクロスボウを下げている。

ギャングの方は手に入れやすいハンドガンとライフルを無造作に地面に置いている。ハンドガンはほとんどがベレッタで、ライフルは狩猟用だ。
ヴァンパイアを『狩る』ことを楽しんでいる、そんな輩だった。

『やれやれ。会合場所もバレているのをどうやっていけば良いものやら』  

アマラントは肩を竦めた。

 「その為のエージェントだろ?」

加藤は苦笑した。このために加藤は何千ドルとこの男に渡していた。

「冗談さ」

アマラントは人懐っこい笑顔を見せた。

2.高揚感

「冗談は辞めてくれ。ただでさえ空港で酷い目に会いそうになったからな」

加藤は少し不機嫌に言った。

「あれはちょっとしたサプライズだ」

アマラントは肩を竦めた。

「サプライズだって?」

加藤は更に追い討ちをかけた。

「軍隊がいるのがわかっていて、僕をスムーズに入国させるのが君の仕事だったはずだ。それとも、僕に死をプレゼントしようとしたのか?最初に人間に殺された『X』みたいに、高貴なヴァンパイアが無惨にハンター以外の人間に殺されるのを見たかったのか?」

「……それについては謝るよ。悪かった」

加藤はてっきりアマラントがまた冗談で返してくると思っていたのが、素直に謝罪したことに困惑した。

「車をここに置いておく。これを遮蔽にして、近くにある、墓地に続いているマンホールに近づく。そしてそこから墓地に入る」

アマラントはそういうと、「ちょっとしたイベントはあるかもしれないがな」とウィンクをした。

“ちょっとしたイベント”。それは、ヴァンパイア・ハンターと殺しをしたいだけのギャングとの戦闘を意味していると加藤は理解した。

ヴァンパイアの不死の能力を失ってから数年は危険なことは避けてきたが、“死ぬ”とわかった上での命のやりとりも悪くないだろうと加藤は思った。

不死身のうちはずいぶんとハンターとの戦いをこなしてきたが、結局ハンターは死に、自分は永いこと生きてきた。自分は死なず、相手は死ぬというハンデのある戦いではなく、互いに死ぬリスクを持った、“公平な戦い”がしたい。自分の本当の強さを知りたいという欲求を抱いた。
それは、ずいぶん前に忘れた“高揚感”だった。

「面白い。その提案に乗った」

加藤は端正な顔を歪ませた。

「OK」

アマラントはエンジンを切ってドアを開けた。

ドアを開け、ゆっくりと存在を知らしめるように加藤は車外に出た。

ヒュウ、と一陣の風が吹く。砂煙が上がり、西部劇のワンシーンのようなロケーションだ。

『いや、椿三十郎かな』

加藤はクロサワ映画のモノクロをイメージした。
羽織のようなゆったりしたジャケットの袖から腕を内に仕舞う。三船敏郎演じる三十郎のように肩で風を切りながら歩き出した。

アマラントが下手くそな口笛をふく。それは“追い払いahuyentar/アウエンター”の血の法sanguijus/サングイジスだ。
美しい霊廟をカメラに収めていた観光客が一人、二人と加藤達がいる場所から離れていく。それは、これから起こるイベントから観光客を守る為のアマラントの優しさだった。

3.破裂

たむろしていたギャングが加藤達の方を見た。
モバイルを見ながら加藤とアマラントの姿を何度も確認し、慌てたように地面に置いていた銃を手に取る。どうやら『ヴァンパイア猟』はまだ慣れていない様子だ。

 ハンターの方はこちらを見ようともせずにモバイルをコートの内ポケットにしまうと、白木の杭を背中から一本引き抜いた。

アマラントがギャングに向かって中指を立てた。

「ヴァンパイアがするようなものじゃない」

加藤は左手でアマラントの手をゆっくり下げた。「ヴァンパイアは高貴な存在であるべきだ」と加藤は静かに言う。

どうやらこの歴史的霊廟に穴を空けるのが怖くはないようで、ギャング達は下手くそな銃を撃ってくる。ほとんどは加藤とアマラントに掠りもしなかったが、一発の弾丸が加藤の左肩を撃ち抜いた。衝撃で後ろに吹っ飛んだ加藤はスッと回転して起きあがるとギャングを睨んだ。

「たかが人間が。不死ではなくなったが、ヴァンパイアの力を見るがいい」

加藤は無表情のまま、低い姿勢を取った。ダン、と地面を蹴ると、一気にギャング達との距離を詰めた。

瞬間移動のような速さで50m程の距離を一瞬で移動し、一人目のスキンヘッドのギャングの顔をトン、と軽く叩く。

ガボォ!という水槽に貯めた水を一気に流すような音がして、ギャングの一人の頭が無くなっていた。

辺りには頭蓋骨や皮膚、顔のパーツなどの残骸と脳漿や血が巻き散らされた。

ビクビク痙攣するギャングの身体を掴かみ、加藤は血を吹き出す首に直接口を付け、血を飲む。

間もなく身体の痙攣が止まり、血液の吹き出しが無くなると、加藤はギャングの身体を要らなくなったペットボトルのように投げた。

全身血塗れになっているが、加藤の左肩は癒えていた。

「この、化けもんがぁ!!!」

ギャングの中でも恐怖を感じる神経がある少しはまともな数人はパニックを起こして逃げていくが、元から狂っていて正常な判断が出来ないやつらが銃を撃ちまくっていた。

加藤は至近距離から全身に銃弾を浴び、衝撃で身体が後ろに仰け反るが、信じられない角度からゆっくり身体を起こしていく。

「こざかしい」

加藤は痛みを感じて顔を歪ませた。左右のバランスが狂っている笑みと怒りの相反する感情の顔だ。

アマラントは「ヴァンパイアは高貴な存在ねえ」と呟いて肩を竦めると、ダンスのステップを踏むように優雅にマンホールまで歩を進めると、しゃがみこんで工具もなしに蓋を開けた。

「Mr.カトー遊ぶのもいいが、会合に遅れるぜ」

アマラントは蓋を持ち上げると、銃を撃つギャングの一人に投げた。

マンホールの蓋がギャングの二人目の犠牲者を作り、吹き飛んだ頭がヴァンパイア・ハンターの足元に転がった。

ハンターは足で転がる頭を抑えると、一応は十字を切ったが、その後は邪魔だと脇に蹴った。


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