scene 017 光芒一閃 そして、追憶へ

 ────追撃艦隊ウルザンブルン2番艦ウルドのブリッジ。

 突破戦闘の艦隊指揮を預かる艦長=オルドー・ゼスト大尉は、静かに掌打を構えた。ブリッジ上方スクリーンには、今まさに3番艦を盾にした静止狙撃戦型ハルダウンが整おうとしている映像が見える。2番艦は敵の砲撃に揺らされない、静止狙撃スリー スナイプポジションを得るのだ。全ての指示は完了している。主砲は敵機G型への狙撃を開始するオルドーの合図を待つばかりだ。しかし、これも、最早ダメ押しと言っても良い。
 艦隊指令=ギュオス・メイ少佐の戦術プランは見事に完了しようとしている。ゲルググ隊は敵の迎撃ラインを抜けて、高速で敵母艦二頭立てに迫っている。連邦の望みの綱は、追いすがるG型だけだ。それも、メイ少佐の狙撃にって残るは一機のみとなっている。

 ……完璧だ。もう連邦彼奴等に、なす術は無……

 と、思いかけて、オルドーはその考えを捨てた。自嘲気味に少し笑った。

 さあ、大詰めだ。

 上方スクリーンに『PLASED』の文字が浮かんだ。オペレーション映像のムサイ級二艦のポジショニングムービーが、配置の決まりを告げて動きを止めた。

 バァン!

 ときを告げるオルドーの掌打が鳴り響いた。ブリッジ前方スクリーンから見下すウルドの主砲から伸びた白いメガビームのラインが、その途中ではげしく弾け散った。
 到達すべき予定のエリアにはほど遠く、こちらにほど近い。MS交戦エリアよりも手前だ。ブリッジにどよめきが沸き起こる。オルドーも、何が起こったのか分からなかった。

 …………!

 オルドーは、むしり取るように耐ショックマスクを外した。

「スクリーンを! 戻せ!! 対閃光防御解除!」

 ブリッジを囲むウィンドウスクリーンが彩度を戻した。光量カットが無くなり、ブリッジが眩しく照らされた。すごい明るさだ。
 細めた目を光に慣らしながらオルドーが見つめた先には、メガビームより遥かに強い光が多数、まるで花火大会のフィナーレのように輝いていた。

・・・・・・・・
・・・・

「キャナーシフト! 対空迎撃戦闘開始アンチ エアー!! 突入してくるゲルググを堕とせターゲット ナプキン! 各砲座、全力を尽くせスタイル ラッシュ! オーヴァー!」

 P004のブリッジに、凛々しいコマンドが響き渡った。コンソールに向けていた顔を上げて、シュアルが唇を覗かせた。

戦闘指揮コマンダーより艦の舵取りラダー! 加速停止をオーダー!! 敵砲火はシャットされます! 完全静止狙撃を敢行します!」

 ブリッジ前方に向けて、肉声がコマンドした。シュアルの視界前方に居るのは2名だ。

「え! え?」

「中尉! 加速停止!」

 アームオンは、遠く敵艦隊の前方面に拡がる多重発光を見つめていた。咄嗟に反応できずに戸惑うエレンへ、指示を被せる。

「イ、イエッサー! メインロケット! 鎮火します!」

 クルーを押さえ付けていたGが一瞬で消えた。ブリッジが静寂に包まれた様に感じる。シュアルの言う通り、P004は雷光に包まれることも地震に突き揺らされる事も、無くなっていた。

・・・・・・・・
・・・・

 はぁ、と息を吐きながら、ラマンは、ゆっくりと目を開けた。激しい揺れに、焦点の定まらないスコープが見えた。

「て、てめえ! 何も止まってねええええ! バカ野郎ーー!」

 頬の火照りを感じながらラマンは怒鳴った。

『……まばたきしてみた、とかじゃないだろうな? ……馬鹿野郎! 目覚めるってのは寝起きの事じゃねえぞ!』

 プロシューターが半確信の疑念を返してきた。

「ば、バ、バカ野郎ぉ!! そんな事するか! バカ野郎ォ!」

 髪まで火照るかのような熱さを感じながら、ラマンは叫んだ。

『集中しろ! 何も考えずに、狙撃だけに集中しろ! お前は、必ず出来る!!』

「い、今、してんだ! 邪魔すんな!」

 スコープを最大広角にしても、激しく飛び回るゲルググナプキンをロストしないように追うだけで困難を極めた。口癖の呪詛を連呼しながら、ラマンは必死のキャプチャーを続けた。
 時折、何か閃くような感覚が走る。その感覚を受け入れるようにスコープを振ると、先回りした様に、飛んでくるターゲットをスコープ内に捉える事が出来た。この現象は、つい先程ムサイ級キャメルターゲット4だけを集中して砲撃していた時から始まって、どんどんその発現頻度を増やしていたが、死戦の最中にあってラマンはまだ、その意味を自覚していない。
 いつの間にか、閃きが連続的に発光していた。狙っているゲルググナプキンは、もうスコープから出られなくなっている。もっと、照星ポインターを決めるところまでリープできないか。どこか遠くでプロシューターが何か言っているような気がするが、どうでもいい。ラマンは深くゾーン・インしていた。
 突如、それは起こった。視界がカーッと明るく染まり、ターゲットのナプキンを煌々こうこうと照らし出した。そして、その動きがとても小さくなっている。殆ど止まりそうな、スローモーションの様だ。

「と! 止まったああああ!」

『ああ。敵の砲火が艦の揺れが止まった……ビーム撹乱膜マーヴェラスが、展開した』

「え!?」

 あたし、目覚めた? んじゃ? 言いかけたセリフをラマンは口篭った。その時──

『キャナーシフト! 対空迎撃戦闘開始アンチ エアー!! 突入してくるゲルググを堕とせターゲット ナプキン! 各砲座、全力を尽くせスタイル ラッシュ! オーヴァー!』

 コマンドがヘルメットに響いた。

『MC1! ラジャー!』

 すかさず、プロシューターの応答が聞こえてくる。

「MC2! ラジャー!!」

 呆け気味だった表情を一瞬で引き締めて、ラマンも応答した。

スリー!』

ワン!!」

 プロシューターのコールに呼応して叫ぶ。スコープに捕えた、ターゲットナンバー1が振られたナプキンへの狙いエイムに集中を戻す。先程までとは段違いだ。揺らされないとは、これほど狙いやすいものだったのか、と思う。

 ──!

 脳天で閃光が弾けた。流れるようにスコープを振る。中心に瞬く照星に、ナプキンが飛び込んできて、止まった。次の瞬間、それは膨らむ閃光に変貌していった。
 不意に体が前のめった。スコープにヘルメットをぶつけた。

フォー!」

 顔をしかめながら、次に狙う標的をコールする。ピンとくるいつもの感覚に従って、エイミングをかける。さっきより更に、狙いが容易たやすくなっている。スルスルと照星が敵機を捉え、2つ目の閃光に変えた。

 ……ああ、加速Gも消えたのか。だから、こんな狙い易いのか。

ツー! ──!」

 三つ目のターゲットをコールした時、またしても弾ける閃光を垣間見た。

 この光はなんなんだ?

 一瞬、ラマンは意識を取られた。はっと気がついて意識を戻すと、無意識に撃っていたらしい、第二メガ粒子砲のメガビームがターゲット2を撃ち抜いていた。
 閃光に変わっていくターゲット2からスコープを離して、ターゲット3を探す。コンソールに3の光点がない。ログを見る。プロシューターの撃墜スコアがついていた。全ては、あっという間の出来事だった。

・・・・・・・・
・・・・

「ふぅ、実際、ギリギリだったな……」

 スコープからコンソールに視線を移して、プロシューターは小さく呟いた。サーチするエリアをぐんと先方に飛ばしてMS交戦エリアをスポットする。光点の絡む様子から、瞬時に次に狙うべきターゲット群をセレクトした。9つの光点に新たなターゲットナンバーが振られる。再びスコープを覗き込んだ。

「……セブン!」

シックス!』

 ラマンのコールが聴こえた。

 完全に無理ゲーだと思っちまってたな……諦めてはいなかったが。……実際、ラマンは急速に覚醒している。もし、ビーム撹乱膜展開マーヴェラス ウォールが無かったとしても──
 いや、それはいい。実際、ミサイルセットの事を、マーヴェラスしてた事を、完全に忘れちまってた。──今、する事じゃないが、第一主砲手ファースト メイン キャナーとしては、反省しないとな。あの時、激しい艦砲戦が始まったばかりだったからな……あの時──」

 ────ミサイルセット! アンチビーム仕様マーヴェラス!────

 スコープ上で標的のザクを追い詰めながら、あの時の記憶がリフレインしていた。

 ──あれは、交戦が始まってすぐだったな……先制の撃墜をこちらジェットが奪った、すぐ後だ……

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・・・・
 Flashbackフラッシュバック
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・・・・

『ミサイルセット! アンチビーム仕様マーヴェラス! コンバットシフト! 私が射撃指揮を執りますコマンダーコンダクト!  全弾装填の上、待機! 全管ラジャーコール! よろしい? オーヴァー!』

 クラウザーのヘルメットにコマンドが聴こえた。

 ──マーヴェラス?

 湧いた疑問を他所へ飛ばした。次の瞬間、クラウザーの指先がクラッチングステップを叩いた。G4がビームライフルを放ち、第2候補のザクが脚部を飛ばして弾ける。瞬時にダメージレベルを計測した『SERIOUSシリアス』の文字が浮かび、音声が聴こえた。

 大破……だが機動力を失った。あいつはもう戦力外だ。次!

第3候補のザクのスナイプウィンドウが、すぐに中央にスライドしてくる。

「ディレイ! マイナス、コンマゼロ7!」

Roger, delay minusラジャー ディレイ マイナス comma zero sevenコンマ ゼロ セブン

 クラッチングディレイの精度の再調整をしてエイミングに集中する。あっという程の間に、命中予想値が白色に光った。クラウザーの指先がクラッチングステップに跳ねる。鋭く伸びたビームラインが、敵機中央を貫通した。瞬時にダメージレベルが計測されて、『KILLキル』の文字と音声がリターンされた。

『ベスジョブ!! G4!!!』

 G1からだ。孤軍奮闘のクラウザーにとって、涙喜の激励だ。口元が緩む。第4候補のザクのスナイプウィンドウをセンターに据えた。左右のスティックをツイストするかいなに意気を感じる。エイミングを開始した時、先程の、他所へ追いやった疑問を意識に戻した。コマンダーの言った、マーヴェラスというコードだ。
 聞いた事のないコードネーミングだ。おそらく、この艦だけで振られたシークレットコードだろう。コマンドは出ている友軍機に届かせるために広域通信を使う。チャンネルはプリテンドしているが、敵に傍受されないとは限らない。シークレットコードを用いるようなミサイルセットとは、なんだ?
 ふと、狙う第4候補の命中予想値が、なかなか白色に最大値到達ブライトしないことに気がついた。敵を知るクラウザーが狙撃する順序は、当然、とし易い的からになる。第4候補の難易度の所為か。それとも、疑念がエイミングへのコンセントレーションを乱しているのか。
 クラウザーは左の小指で十字クロスを切った。雑念を払う為の平常心を保つ動作ルーティーンだ。

『G4シフト! 任務に就けオーダー ミッション! 敵艦隊を撃沈せよフィニッシュ ザ ゲーム!! 潜航突入用意レディ ステルシー! 最速の進路を取れゴー ストレート! 最大加速で飛べマキシマム スピード! ────』

拒否するリジェクテッド

 突如、聴こえてきたコマンドに少々びっくりしながら、クラウザーは冷静に返答した。見るとパーソナルコード通信だ。全体戦闘コマンドミッションチャンネルより、さらに秘匿性は高い。当然だ。敵に知られてはならない内容だ。特務なのだろう。しかし──

「成功が見込めず、死ぬだけと判断されるコマンドは拒否できる。この艦でも同じ筈だ」

 ──戦闘中に潜航突入するなど聞いた事もない。潜航突入とは動力炉を停止して、スラスター移動する事だ。熱源探知がかわせるので、見つからずに目的地に接近できるメリットがある。が、動力炉を停止しているから動けない。回避運動も切れないし、戦闘行動も取れない。もし見つかって狙われたら、ただの的だ。射撃装置の操作方法を聞いただけの新兵でも、簡単に撃墜できるだろう。しかも、MS交戦エリアを抜けて行けと言っている。敵艦隊を撃沈する為に、最短距離を最大加速で飛べとはそういう事になる。
 一機だけフォーメーション外の余所者を、厳しい戦力差の戦闘に、大穴狙いの捨て駒として使おうとしている様に思える。

 そうは思いたくはないがな。

『……危険ですが、効果は絶大です。成功の見込みは充分にあると考えます。敵艦隊は静止狙撃艦戦型 フリー スナイプ キャナー を構築しようとしています。始まればMS迎撃網、防衛ラインも崩壊するでしょう──』

 なんだって? 静止狙撃艦戦型 フリー スナイプ キャナー だと?

 今、追い迫る敵艦隊は最大戦速のはずだった。そんな激しい加速Gの中で、そんな難しい戦型構築が出来るものなのか? 咄嗟にそう考えたクラウザーだったが──

 いや、奴等なら出来るかもしれない……

 すぐに、そう思い直した。クラウザーは、一度、かの敵とまみえている。奴等の強さを身を持って知っている。艦の戦闘レベルは良くはわからない。しかし、高いと考えるべきで、かつ、それが自然だ。あの凄まじい戦闘力を誇るMS達の部隊なのだから。

『──本艦と敵艦隊の艦砲戦力差は単純比で10倍です。今、辛くも砲撃戦を成立させていますが、それもジリ貧と考えられます──』

 10倍……敵艦隊は4隻の筈だが、そんなになるのか。ランチェスター法則はなんだっけ? 実損は戦力差の二乗か。4隻の二乗だと16……倍──どっちにしても即死フラグじゃないのか?

『──理解してください。今、直ぐに、勝利を見込める決定打を打たなければ、全滅します』

 ……………………

 自分が突入を始めたら、もう自軍に狙撃は居ない。3スコアのリードもそこでストップだ。敵は8機のゲルググ狙撃が居る。十字X字狙撃展開ユニオンジャック スナイパーすると言ったのはコマンダーだろう。それはもう始まるはずだ。今、自分がやる事は、やはり最速の狙撃を続けることではないか。潜航突入でしかも最大加速……MSが激しく交戦する横を全力でこっそり駆け抜けて、敵艦隊手前で起動、即アタックで4隻撃沈しろだなんて。狂っているんじゃないのか? 考えるだけで矛盾だらけに感じる。単独、敵艦隊のど真ん中に飛び出して、サプライズアタック……敵の反応はどれ程早い? 艦隊と狙撃8機からの集中砲火は免れない。最大回避運動フル シャークでなんとか砲撃を躱せたとしても、MSドッグファイターは必ず切り込んでくる。8機相手に生き残れる可能性は0だ。その間に、頑張って沈められるのは2隻と見るべきだ。下手を打てば0かもしれない。……やはり、成功の見込みは限りなく低く、死ぬ確率はほぼ確実としか考えられない──クラウザーは口を開いた。

「……了解した。潜航突入に入る」

 何を言ってるんだ? 俺は!

 鼓動が高鳴る。なのに、クラウザーはすでに動力停止を操作していた。どうしてだろう?

 ──理屈じゃない。何故だ。あのコマンダーの、真摯な口調のせいか?

 真実は、それが正解だという気がしているのだ。冷静さの内側で、クラウザーは激しく動揺していた。
 稀に、本当に危険な戦闘中に、脳天を貫く閃光が走る時がある。今、密やかに、それが発現していることに、クラウザーは気がついていなかった。

scene 017 光芒一閃 そして、追憶へ

Fin

and... to be continued


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