scene 015 MIGHTY KNIGHT

「──読める」

 メインフォーカスの敵機周辺に表示された種々の情報を一見で分析しながら、ジェットは呟いた。
 黄褐色のビグロの回避運動は予測不能エイムレスとは言えなかった。変速する三拍子だがリズムがある。そして、切返しは上跳ねホップに比重している。

 そんな回避運動じゃあ、P004MS隊うちに来たら最下位ボトムの格付けだな……でも、だ──

 ジェットはビグロのホップに狙いを置いた。行き交う互いのビームが、フラッシュ撮影のように激しくコックピットを照らす。ビグロの攻撃を、ジェットは避けていない。彼の予測不能エイムレスな回避運動をビグロは捉えられていないからだ。放たれるビームはその時、既に的中を逃している。

 ──やっぱりな、かわしてやがる。

 ビグロは避けていた。少なくとも、ジェットはそう判断した。ホップに狙いを集中してから、明らかに横跳びスライドで切返す比重が上昇している。しかも、ホップを捉えた時に限って、回転運動ローリングをミックスしたバレルロールの様な動きに外れをもらわされている。

 いるんだよな。稀にな。お前みたいなの持ち主がな……

 例え数百キロメートルの射撃レンジであろうとも、ビームの弾着時間は体感0秒に等しい。命中弾を、撃たれてから避ける事は不可能だ。つまり、必中の狙いで放たれる予定の敵のビームを避けるには、発射の前にそうと判って躱し始めなければならない。それは既に、予知と言って良い。それを、ジェットは勘と呼んだ。
 何故ならばジェットの知る、その能力の持ち主、P004第一メガ粒子砲射手ファースト メイン キャナー=プロシューター・プロスターがそう言っていたからだ。

 お前は──ダンナの逆なんだな。不思議なもんだぜ。

 プロシューターのは当てることに特化していた。シミュレーションで、ジェットは彼の静止狙撃フリー スナイプから逃れられたことが無い。
 この黄褐色のビグロは、避けることに特化したを持っているようだ。もし、当てる方でも同じ事ができるのなら、今、ジェットが生きている訳がない。
 砲撃手であるプロシューターに確認した事はないが、彼もまた避ける方にはは効かないのだろう。もし効くなら、ジェットに砲塔撃破を喰らった時に、よく気が付かずにシミュレーションを続けようとしている彼を見ることは無かった筈だからだ。

 ビンビン伝わってくるぜ。お前がタイマンを仕掛ける理由、そして、チームがそれをゆるしている理由が、それか。

 戦闘に於いて、攻撃される前にそれを察知して、実際にそれを躱せる能力。そんなモンスターが相手だと言われれば、一聞で、誰もが勝てないと絶望的な恐怖を感じるだろうか。

「G1より、G2。メイクを頼む。ターゲットは黄色い荒牛イエローブル。今から俺とワルツを踊る。タイミングはそちらに」

『ラジャーG1。プロミスト。グッドラック』

 ジェットは、スティックの挙動スライダーをタッチした。

maneuver modeマニューバーモード

 各部が高精度射撃の為のシューター固定ポジションモードから完全開放され、高速運動性を最大発揮する駆動力が機体に駆け巡る。ビームライフルを放ちながら、G1がサーベルを抜いた。機体を照らすメインスラスター光が膨らみを増し、不規則な回避運動を刻みながらビグロへ迫っていく。
 ビグロも同様だった。ジェットに言わせれば、阿吽あうんだろうか。うねるフレキシブルアームの先端にサーベルをギラつかせて、メガビームを撃ちながら加速してくる。交叉するビームにサーベルが加わった。機体同士が高速ですれ違う。ヒットは双方せず。

 ────maneuver modeマニューバーモードは、攻撃の命中精度で言うならば一番低いモードだ。操縦桿スティックは両手とも機体の高運動を操作する。それでもマニューバーモードでの格闘戦闘ドッグファイトが最も撃墜率が高い。その理由は、戦闘レンジの短さにある。
 スナイパーモードが用いられる様なロングレンジでは、射線が100分の1度ズレただけで命中はハズレに変わる。敵機の回避運動をピンポイントで予測できなければ当たらない。この距離感では予測不能の回避運動エイムレシーを撃ち抜く事は出来ない。
 しかし、距離が近くなればなるほど許容される攻撃角のズレは大きくなり、サーベルが届くほどの極ショートレンジに至っては、もはや、予測不能の回避運動エイムレシーは意味を失う。アバウトにいって、上下左右の何処かが当たれば、それで命中するからだ。
 さらに、完全に敵の戦闘的後背を奪った状態では、命中はほぼ100パーセントで反撃も受けない。だから命中能力よりも運動能力に全性能を傾けるのだ。そして、その力が最大に発揮されるのが、すれ違いニアミスを繰り返す格闘戦闘ドッグファイトだ。
 宇宙空間での旋回は自由自在だ。空気抵抗も失速も関係してこない。最初のニアミス後、格闘戦闘に入るつもりのビグロは即座に180度旋回をして、メインスラスターを最大噴射した。Uターンだ。G1も同じくUターンをして、慣性で開いた距離を再接近で潰して再びニアミスをする。
 航空機でいうシザーズの様な軌跡を描きながら、どんどんレンジが縮まっていき、撃墜、被撃墜のリスクは極大化していく。これが当然のドッグファイトの姿なのだが……G1は180度旋回しただけで、再接近しようとしていなかった。ビームライフルを撃ちながら、迫るビグロから逃げる様に弧を描いて加速した。

 そんな拍子抜けした顔すんな。さあ、踊れ。

 ────MS戦闘機動マニューバー『ワルツ』

 この大戦より実用化され、宇宙空間を規格外の敏捷さで飛び回る力を与えられた、MS(MA)。これらの兵器は、それまでの戦史でも類を見ない程の機敏な格闘戦闘をその最大の武器とした。
 パイロット達は勝利と生存をして、宇宙戦闘機では生まれ様の無い、数々の高度な戦闘機動マニューバーを生み出していった。その一つが、ワルツだ。

 撃墜チャンスが最大化するニアミス。これは、被撃墜のリスクも最大化する。それを避けて、ショートレンジでの射撃戦闘を旨とするのがこの高速戦闘機動だ。サーベルが振るわれる程の接近を許さず、しかし、それ以上離れる事もさせない。絶妙な距離支配力が要求される。
 ワルツの状態では、高レベルのエイムレシーパイロットならば、ショートレンジでもその回避力を殺さずに戦闘が可能になってくる。ジェットの狙いは正にそれだ。
 このレンジでの射撃は、半端に距離があるせいで、マニューバーモードではハズレのオンパレードになってしまう。しかし、距離を支配するにもそれを破るにもマニューバーモードの高運動性が必要になってくる。つまり、マニューバーモードの競り合いで距離イニシアティブを掌握しつつ、攻撃の時だけシューターモードに切替えて撃つ。という事が必要になってくる。
 攻撃の命中率を上げる為には、シューターモードでのエイミングはじっくり行いたい。だが、出来るだけシューターモードでいる時間は少なくしたい、という矛盾処理能力も問われる。
 総合的な操縦能力の優劣で勝敗が決まる。それがワルツだ。

 激しく、ビームをやり取りしながら、逃げるG1をビグロが追う。G1はその曲線的な軌道を、捻って、切り返して、ビグロとの距離をコントロールする。攻撃を外させるエイムレスな回避運動を生かしながら、もう一回り大きなサイクルで、接近を許さない為の、予測不能エイムレスな離脱軌道を敷いていく。
 2度目のニアミスを最後に、ビグロとG1の軌跡が、互いを睨んで円を描きながら縦横無尽に飛び回る姿に安定していった。ジェットが支配リードする円舞ワルツが完成したのだ。

「この距離でも、躱せるか!!?」

 ジェットがリードしたワルツのレンジは、非常に狭かった。ベリーショートだ。自分の持つ、エイムレシーパイロットの中でも郡を抜くと自負する程の回避運動スキルを最大に活かす為だ。
 予測できない回避運動エイムレシーのパワーが失われない、ビグロの攻撃を外させる事が出来るギリギリの距離だ。そして、それは当然、避けふるう黄褐色のビグロにとっても苦しい距離のはずだからだ。

shooter modeシューターモード

 マシンボイスが聴こえ、固定フィックスポジションされる機体各部の感触が伝わってくる。ジェットの唇が小さく動いて無声のカウントを高速で刻んだ。高精度射撃ポジションシューターモードに切り替えているのに、狙いを定める操作エイミングに入っていない。フェイントを仕掛けているからだ。唇が『GO』を形作った。挙動スライダーをタッチする。

maneuver modeマニューバーモード

 マシンボイスが言い切らないうちに、ジェットの両腕が弾ける様にスティックを操った。G1が鋭敏なレスポンスを返す。浮上フロートした機体がロールしながら沈下シンカーへ変化した。素早く挙動スライダーをタッチする。

shooter modeシューターモード

 再び機体が切り替わる感触の中、マニューバーモードで行なった戦闘機動の間隙をメガビームが抜けていった。G1が眩しい白色に染まる。ビグロがフェイントにかかった証拠だ。

 シューターモードでは高レベルの回避運動を刻めない。ジェットが最初にシューターモードに切り替えた時、全く当てられないG1の回避運動が単純化したのを見たビグロはこれを撃ちたくなる。コンマ数秒の反射的思考だ。
 フェイントにかかったビグロは、自身もシューターモードに切り替えてエイミングを開始する。G1に先に撃たれる可能性が高いが、一撃ならで、運動性能が低いシューターモードでも回避できるという自信がそうさせてしまう。
 ビグロのエイミング完了のタイミングを見切ってマニューバーモードに切り替えたG1が、突如キレの良い回避運動をして、命中確定していたビグロの照準を無効化リセットしても、それと同時にビグロは撃ってしまう。
 してやられた、という強い思いに、ビグロは急いでマニューバーモードに機体を戻す。その時、ビグロは、避けるという思考で染まっている。それは、G1に集中してエイミングする機会を与えてしまう。

 そして、ジェットはエイミングに集中していた。それはもう殆ど完了しようとしている。最初のシューターモードの時に、狙う感覚を想定していたからだ。
 モニター上、慌てて上下に機体を振ろうとするビグロに重なった十字光レティクルが、その色を変えた。ロックオンの電子音が響く。
 フィ! っと、ジェットが風切り音を吹く。細く鋭いビームが、ライフル口から撃ち放たれた。必殺を気負った一撃だ。しかし──
 ビグロは避けてみせた。このベリーショートレンジで、タイミングを完璧に奪ったG1の一撃をも、躱してけた。恐るべき。脅威的な戦闘能力だ。ジェットの首筋がざわつく。悪態をつく代わりに、舌打ちでそれを吐き出した。

 ジェットは、G1をマニューバーモードに戻す事なく、代わりにシューターモードでの再エイミングを開始した。狙いながらビームライフル射撃の動作クラッチングシークエンスを素早く連続して、レティクルが未だに敵影を追いすがっている状態での連射をした。
 狙いが絞られていないビームを、軽快にビグロが回避する。に頼るまでもない。狙いを定められるレベルエイマブルの回避運動でも充分だ。そして、この時──ビグロは、切り込むことを意思決定ディサイドした。
 G1失調エラーしている。先のビームライフルの一撃は必殺を念じたものに違いない。それを避けられたショックで間違った戦闘動作ミステイクをしているのだ。この無駄な連射は、奴の距離支配リードを破る絶好のチャンスだ。と、思ったからだ。
 メインスラスターが最大噴射の爆炎を吹き、ビグロに最大加速のGが発生した瞬間──不意の閃光が、ビグロを貫かんと走り抜けた。が、瞬間移動でもしたかの様に、ビグロはそれを躱していた。
 擦り傷を負ったらしい。装甲が蒸発する噴煙を噴いている。ビームを避けてひねねしたビグロのモノアイが、横槍の一撃を放った先へ動きかけた時──G1のビームライフルがビグロを射抜いた。

阿吽あうんって感じだろ」

 シューターモードで連射をかけながら行っていたエイミングが完了した時、ジェットはすぐ撃たず、あと2/3秒だけ待とうと思ってカウントを始めた。その間にG2の射撃が来ると思ったからだ。ビグロとドックファイトに入る時にフォローを頼んだG2が、約束の決める射撃メイクシュートをするのはここだと思ったからだ。

 ────ジェットが口遊くちずさむカウントは、6つで1秒を刻む。そう訓練している。指でカウンターを回すより、ボイスコマンドでカウントを測るより、瞬間的にすぐカウントできるからだ。
 ジェットに限らず、体に覚えさせた何らかの動作で、ショートカウントを計測できるようにしているパイロットは少なくない。この大戦から人類史に登場したMSモビルスーツのドッグファイトが非常に高速展開するが故に、それを駆るパイロット達に浸透していったスキルだった。
 カウント2を口ずさんだ時に、約束の一撃それは来た。刹那、ジェットはビームライフルを放ったのだ。

DAMAGEダメージ

 マシンボイスが聴こえた。中破だ。モニターの表示も同じである事を視界の端で確認しながら、ジェットは眉を寄せた。ビグロは致命傷をまぬがれていた。動力炉への直撃と、炉への誘爆を起こす部位への命中はせず……数少ない、ダメージで済むポイントが撃ち抜かれたのだ。
 切断されたフレキシブルアームが吹っ飛んでいく。メガ粒子砲口がショートした様にはぜた瞬間も、ジェットは見落とさなかった。──撃墜を逃したのは何故か?

 俺の狙いはそれほど甘くない。奴は、この土壇場でもギリでズラし・・・やがったんだ。偶然ラッキーじゃあない──必然アビリティだ。

 そう、ジェットは判定した。挙動スライダーをタッチする。

maneuver modeマニューバーモード
 
 G2から、続けざまに襲い来る連射を苦しげに避けながら、ビグロが離脱機動に入っていく。

「ケツはまくれないと言っただろう」

 G1がマキシマムスラスターの閃光をまとった。加速性能もすっかり低減した黄褐色のビグロに、みるみる迫る。引き離せないと覚悟を決めたビグロが180度旋回をする。生き残っているノズルがグルンと回って後進噴射姿勢を取った。残ったフレキシブルアームをうねらせて、迎撃の構えを見せる。モノアイが、血走るように赤く灯った。

「フィ! フィ! フィ!」

 音階の異なる風切り音を口笛のように鳴らしながら、ジェットがスティックをスピーディーに振るう。モニター上では、背水の陣のビグロを捕獲したかの様にトレーシングスクエアが囲み、その機体に刻みついたかの様にレティクルが重なって輝いている。ロックオンの電子音は鳴りっぱなしだ。決して手抜きをせず、鋭く厳しく、ビームライフルをシュートした。思わず、身を庇うように動いたビグロの最後のフレキシブルアームを切断して、機体を貫通する。

DAMAGEダメージ

 この一撃でも撃墜には至らない。が、もはや驚きもない。ジェットは眉一つ動かさず、酷薄な表情で風切り音を口ずさみ、丁寧なマニューバリングをオーダーする。G1が、完全に追い詰めた黄褐色のビグロにとどめのサーベルを打ち込もうとした。その時──

離脱しろブレイク!! G1!』
 
 G1が、その持てる全てのバーニアをバラバラに最大噴射した。コケティッシュに、予想不能な全方位運動をしながら、メインスラスターを振って上昇からそのまま下降へ、そしてそのまま上昇へ機動する。
 メガビームと二振りのサーベルがG1を襲い、あわや撃墜の空振りをする。ゴッ! という擦過音を錯覚させる至近を、巨大な機動兵器がすれ違っていった。

暗褐色のビグロてめえか! ──!」

 一言だけで、ジェットはその先の悪態を忘れた。一瞬前に高速ですれ違ったばかりの暗褐色のビグロが、既にこちらを向いている。モノアイよりも眩しく、メガ粒子砲口が輝いている。戦闘本能がスパークした。
 何を思うよりも速く、ジェットは腕を動かしていた。あまりに急激なスティックコントロールとフィンガータッピングで、腕が悲鳴の痛みを発したことにも気づかない。ビグロから発光したメガビームがサーチライトのように通り過ぎ、バンクしたG1の腹面を照らす。
 ジェットが、カウンターを狙ったビームライフルを撃とうと射撃の動作クラッチングに指を踊らせかけた時、ビグロがフレームアウトしそうなほどの下方移動スプリットをして見せた。瞬間、クラッチング・シークエンスをキャンセルして、両腕のスティックを全速で引き、すぐ戻す。G1が、フルスロットル、プラス、オールバーニアの最大全力加速に飛んだ。

「ぐぅ……ぉおおおあ!!」

 エマージェンシースロットルのパワーに、ジェットの食いしばった歯からうめきが漏れ、続いての噴射解除により、掛かっていたマキシマムGから解放されて雄叫おたけびに変わる。極至近を抜けていくメガビームの光が、サイドモニターを白く染めた。一瞬の差で命が繋がった緊迫に、これ以上は無い冷たい汗が背筋をほとばしる。
 ──ジェットは戦慄した。暗褐色のビグロは、先の時間で戦っている。と感じたからだ。2ステップ、いや、3ステップ先か。そう思ったからだ。スティックをコントロールする手が加速していく。意識を先回りして、次々に機体への動作を刻み込んでいく。全力で挑む高速ドッグファイトに、警戒ランプが狂ったように明滅を刻み、アラームがサラウンドで喚き散らしていた。
 
 最初の一撃……奴の接近にアラートしなかったのは、何故だ?

 飛躍する操縦は、思考を超える。考えていては間に合わない。こんな戦闘を経験するのはいつ以来だろう──ゾーン・インによって解放された思考でそんなことを思いながら、ジェットは暗褐色のビグロの最初の強襲ファーストレイドの事を考えていた。
 どれ程の高速で接近しようとも、サーベルでの撃墜が狙える程の至近攻撃を、最後までノーアラートで完了することは不可能だ。

 ……なら、理由は一つしかねえ。奴は、G1センサー切替りのバトンタッチの死角から接近したんだ。

 そう思うと、同時に、まさか、という思いが走る。理論的には可能でも、現実にそんな事を実行するのは不可能だと思ったからだ。
 多重多角なG1のセンサーの死角から迫るとなれば、バトンタッチの死角とパイロット達が呼ぶ、近接センサーの切り替わりラインを縫うしかない。瞬間的にそのスポットに入ることはあっても、そこを通り抜けて接敵するなどという──

 そんな事が、できるか!?

 しかしジェットは、有り得ないと否定しつつ、そうだと確信していた──その時、ジェットも舌を巻きたくなる程のビグロのハイレベル・マニューバーが、不意に単純化した。誘われるように切り込もうとする操縦反射を抑え、ジェットの戦闘思考が勝利した。コンマ1秒よりも短い攻防だ。ビグロのフェイントを破ったのだ。
 ジェットは加速突入する代わりに、機体を高速で下方回転ピッチダウンさせた。下方に滑り込んでいくビグロが見える。凄まじい加速だ。しかし、ジェットはそれをトレースしていた。今見ているものが、バトンタッチの死角を縫った戦闘機動マニューバーなのだろう。予想をしていなかったら、捉えることは出来なかっただろう。

 これが、その軌道か!!

 そう思った時には射撃の動作クラッチングを終えていた。ビームライフルの銃口に湛えられたスペクトルが瞬間膨張する。一撃必殺のビームが放たれた。

SCRATCHスクラッチ

 小破・軽傷のマシンボイスが聴こえた。ビグロが装甲蒸発の噴煙を上げている。そして──G1も煙を噴いていた。同時攻撃に近い、ビグロのメガビームがかすったのだ。

 ……まずい。

 息苦しい鼓動が響いてくる。今の一撃は奴にとって、まさかのサプライズだった筈だ。自分が撃墜していて然るべき攻防だった。ジェットの優れた戦闘本能が告げる。もう、次はない。
 
 ビィーーーー!!

 突然、G1のコックピットにデンジャーアラームが鳴り響き、警戒ランプが激しくフラッシュした。視点をビグロに集中したまま、コンソールに点滅する熱源光点を視界に捉える。
 モニター上部に接近ウィンドウが開き、突如出現した亡霊の姿を映す。前後二枚ずつのショルダーシールドが特徴的なX字形のシルエットを描いている。ジェットの知る敵MSだ。P004MS部隊ではゲルググこいつをナプキンと呼ぶ。

 ……潜航突入ステルスして来たのか。戦闘中に。大胆だな。凄い相対速度だ。一撃離脱の奇襲攻撃サプライズ アタックが来る。
 暗褐色のビグロ戦闘待機アイドリングしている。状況を確認する間を置いている。想定外のようだな。──実際には言葉にならない、一瞬の思考。

 ビグロとの生命を賭けた全力戦闘は、ジェットに覚悟を決めさせていた。そして、そのハイスピードな攻防は彼の意識を最大加速させていた。驚くこともフリーズすることもなく、ジェットはすんなりと状況を把握した。そして対応した。
 ゲルググナプキンのモノアイが光を増し、主軸線上のビームライフルが光を放った。デンジャーアラームが鳴り出してからまだ1秒も経ってはいない。が、そんなに焦るほどのことでもない。既に回避は完了している。

 交叉時の相対距離は……200メーター以内。

 充分に射程距離だ。ジェットはG1にサーベルを一閃させた。インフォメーションを聞くまでもない。機体に伝わる感触で解る。ナプキンあいつは真っ二つだ。
 
KILLキル

 マシンボイスがコールした。ジェットはただ一点、暗褐色のビグロだけに集中している。G1の後方に巨大な爆発光が膨れ上がり、ビグロの機体をトパーズに染めた。モノアイがギラリと膨張する。自分をフォーカスした証拠だ。
 首筋が、ざわついた。暗褐色のビグロが再始動する。

「来るか!」

 ジェットは声を張った。死に挑む気合いが要るからだ。無意識に、すぼめた口から風切り音を吹いていた。

scene 015 MIGHTY KNIGHT

Fin

and... to be continued


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