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江戸和竿の経験 その2

江戸和竿の対象魚
「江戸」というからには江戸という土地柄の文化と釣場環境に強く関連がある。いま江戸和竿というとタナゴ、小鮒、あるいは鯊(はぜ)を釣るための道具と考える人が多く、実際に竿師もそれら小物竿が主な収入源になっているのではないか。
5代目東作松本栄一による「和竿辞典(1966年つり人社)」において和竿の対象魚が紹介されている。
川の部
フナ、ヘラブナ、タナゴ、ワカサギ、ヤマベ、ハヤ、ヤマメ、イワナ、マス、アユ、コイ
海の部
ハゼ、シロギス、アオギス、カレイ、アイナメ、メバル、アナゴ、フッコ、スズキ、カイズ、ボラ、タイ、クロダイ、ブダイ、メジナ、イシダイ

驚くなかれ、ひと昔の江戸前3大対象魚とは、青鱚(アオギス、シロギスではない)、海津(かいず、小さいクロダイ)、鯔(ボラ)、であったらしい。実際に石井研堂による「釣遊秘術 釣師気質 (1906年博文館)」には季節ごとの釣行記が紹介されているが、上記の3魚種にはしっかり枚数が割かれている。「ひと昔」がいつからいつのことか勉強不足で恐れながらお伝えすることはできない。ただ「季節ごと」に楽しむ魚は分類されていたようだ。
一番独特だと感じたのは青鱚の脚立釣りである。脚立を船に積んで、遠浅の洲のようなところまで行き、脚立を立てて、その上に登って足元を釣るのだ。いまでいうと立ちこみをしたウェーディングの釣りに考え方は近いかもしれない。おそらく脚立での釣りの方がより警戒を抱かせることなく、釣りが成立したのではないか。足場が高い脚立には専用のとても長い魚籠(びく)が使われていた。天気と潮汐をみれば、いまでもやろうと思えば成立しそうな釣りだと思う。ところがその地域の湾がよほど遠浅であり、潮の干満が「緩やか」である必要がある。肝心の青鱚が東京湾から絶滅している。アオギスとシロギスとは違う。アオギスの方が「おっかない」顔をしていたととある親方は教えてくれた。
鯔については、いまでいうとストラクチャーの釣りである。ヒビというノリなどを作るための柵のようなところに集まってくる鯔を狙うのだ。魚がかかる確率を上げるために2本同時に使うのだ。そして魚がかかったら有無を言わさずブチ抜き上げる。魚の引きを楽しんで遊ばないのは、群れを散らさないための配慮だっただろう。
江戸和竿の外観をみれば「だいたい」どの対象魚向けにデザインされたか予想がつく。江戸和竿には制作する上でデザイン面の「約束」がいくつかあるからである。詳しくは上記で紹介した和竿辞典に詳しい。いちばんわかりやすいのは例えば、鮒用の竿と渓流あるいは清流用の竿の違いだろうか。鮒用は3本仕舞い、渓流あるいは清流用は2本仕舞いである。紛らわしいのは鮒でもヘラブナは2本仕舞いであることであるが、綿糸などで「にぎり」を作ってあるので間違いようがない。
ただ外観ではちょっと何用の竿であるかわからない竿もある。それは江戸和竿が洋服でいうとオートクチュール的な側面も持っているからである。高級既製服のプレタポルテとは異なり、特定の釣師の好みに合わせて作られている場合、「1点モノ」としてかなり用途が独特な場合がある。私の所有している中古で買い求めた2代目竿辰の海竿で、3代目竿辰に見てもらっても、どんな魚を対象にしていたか「わからない」ものがある。
専門家というよりこの領域の権威である江戸和竿の総帥、東作による解説で、多様多種な魚種を江戸和竿でも狙えるということが述べられていることに異をとなえるようで大変恐縮だが、江戸和竿は最大30センチ(つまり尺)くらいまでの魚を快適に数釣りするのに適していると思う。
私が江戸和竿でこの数年釣ったのはヤマベ、カワムツ、フナ、クチボソ、カマツカ、ウグイ、ドジョウ、マハゼ、ウロハゼなどである。
季節の釣り
いまは季節の境が曖昧になっているのかもしれない。東京の冬は凍えそうなほど寒い日はあまりない。年中、精神的に打たれ強い御仁、全天候型アングラーが、ブラックバスやタナゴなどの釣りを楽しんでいるようだ。しかし、本当はどの釣りにも「シーズンオフ」というものがあった方が良いような気もする。釣師もその対象魚から一定の距離を置いて振返りの機会を持つことができるし、魚にも休暇を与えなければならない。その間酷使した釣竿を休めるのだ。場合によっては竿師に預けてメンテナンスしてもらってはどうだろうか。
いまから50年以上前の書籍を紐解くと、季節ごとの釣りの話が出てくる。その時期に応じた対象魚を無理なく狙っている。例えば、三遊亭金馬の「江戸前つり師(1962年徳間書店)」では
1月ワカサギ
2月タナゴ
3月フナ
4月ヤマメ、ハヤ、ヤマベ
5月アオギス
6月アユ
7月手長エビ
8月シロギス
9月アジ
10月ボラ
11月、12月ハゼ
という感じである。三遊亭金馬は竿忠家族ととても深い関係があるものの、かならずしも江戸和竿を使っているわけではなく、自身で拵えた竿による釣りも楽しんでいる。
さらに時代を遡る石井研堂「釣遊秘術 釣師気質 (1906年博文館)」では、月ごとの対象魚として下記が紹介されている。
1月フナ、メナダ
2月タナゴ
3月フナ
4月フナ、ナマズ※
5月コイ、アオギス、手長エビ
6月アオギス
7月オボコ(ボラ)、セイゴ(スズキ)、ウナギ、カイズ(小さいクロダイ)
8月スズキ
9月メナダ、コイ、ハゼ、スズキ
10月スズキ、ボラ
11月ハゼ、マルタウグイ※
※ナマズとマルタウグイは他人が釣りをしているのを観たという話
上記かならずしも竿を使った釣りばかりではない。また1900年前後に東京近郊で使われていた竿は和竿であっただろうという推定で議論を進めている。

さて、石井研堂の時代から100年以上たった現代の東京の釣り場環境でどんな魚が江戸和竿の対象となるのだろうか。フナ、ヤマベ、タナゴはあなたが釣場を知ってさえいれば変わらず釣りができる。ハゼも釣れる。あとは昨今東京の各河川で増えている河川型のブラックバスであるスモールマウスバスなどは強めのフナ竿で十分狙えると思う。ブラックバスはスズキの仲間である。ブラックバスはフッコやセイゴにそっくりではないか。またブルーギルなどもまったく問題ないだろう。私が挑戦するとしたら竿辰の乗っ込み用フナ竿を使う。いつか機会があったら諸兄にも共有したい。
「魚種」という観点で整理を試みたが、同じフナでも柿の種、小鮒、乗っ込みブナと、狙い方は異なるので、対象魚として「違うもの」と考えた方がいいだろう。









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