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江戸和竿の経験 その5

江戸和竿の購入方法
江戸和竿を買い求めるという行為は竿師あるいは店舗から直接が望ましいと思う。江戸和竿という伝統技能をサステナブルなものにするには竿師に収益がいくようにしなければならないからである。
竿を買うというプロセスのひとつに「誂える」つまり自分の個人的な釣りのためにカスタムしてもらうという贅沢なやりとりがある。いわば特注である。竿師との複数回にわたるコミュニケーションにはたいへん大きな価値がある。お金を払って、ハイどうぞ、という世界では味わえない満足感がある。竿のデザイン、素材、装飾について注文し、半年あるいは1年後に受け取った際の喜びはいかほどであろうか。時々竿師を訪ね、世間話をしたりして、進捗を伺う。しかし、最初に購入する場合にいきなり「誂えて」もらうのはハードルがあるかもしれない。自分好みの竿を作ってもらうための「基準」がないからである。すでに入手した竿があって、「これに似たアクションのものをお願いしたい、対象とする魚は鮒で、サイズは尺くらいまでやりとりできるくらいのパワーがほしい」などと伝えるとよりイメージがつきやすいかもしれない。もしかしたら竿師は、あなたがどういう釣場を想定しているのかも知りたがるかもしれない。あるいは、そもそもあなたがどのくらいの腕を持った釣師、どのくらいの頻度で釣りに行き、どのくらい実際に魚を釣り上げる技術を持っているのか、を会話の中から探ろうとするかもしれない。と、ここまでさも自分用の竿を誂えてもらった経験があるかのような話をしてきたが、嘘はいけない。私はこの記事を記述している時点で誂え未経験である。
もしこの竿師は何か良さそうだ、自分の好みと合いそうだと思い、なおかつ懐が十分温かい場合、お店の在庫の出来あいの竿を購入することをお勧めしたい。お店に在庫してある竿は、誰か他のお客さんが誂えた際に、同じ長さ、同じ調子、同じ装飾で制作された「兄弟竿」であることが多い。売れ筋の長さや調子のものをある程度まとめて作り置きしてある場合もある。それらには銘がなかったり、上級グレードとは違う銘が押されている。もし、在庫の中からこれはいいかもしれないという竿が見つかったら思い切って購入してみる。そして数か月使ってみる。そうすると、きっともうちょっと長さが…とか、パワーがありすぎる…とか注文がでてくるのではないか。それを懐が十分温かくなった際に竿師を訪問して希望をぶつけてみるのだ。
ただ私は最初の「江戸和竿への入口」としてのネットを介したオークションを否定するものではない。相場としては、総じて長すぎず、仕舞がコンパクトな作りで、しかも有名な竿師のものであると、比較的高い値付けがされることが多い。高いといってもせいぜい10万円程度で、中古であったとしても元の価値とくらべるとだいぶディスカウントされている印象である。私がオークションの経験として楽しんでいるのは、中古の釣り道具を専門に扱う個人あるいはお店からではなく、江戸和竿に詳しくない、何でも扱う骨董屋さんようなお店や個人との取引である。「掘り出しもの」を発見する楽しさを味わうことができるのだ。

最初の江戸和竿 竿辰
質屋のオンラインショップで、「贋作ではない」「本物であることを確認済」という却って贋作であることを匂わせる謳い文句につられ、もし贋作であったとしても、勉強代として数万円は払ってもいいやと覚悟を決めて購入してみた。届いた竿は、カーボン竿に比べてズッシリと重く、太くて、外観から「これは竹ではなく木を素材として用いているのだろう」と本気で信じた。色はいわゆる竹色とは程遠く、透き通っているもののドロッとした濃い茶色である。
4メートル以上ある竿で、鯉やフッコなども相手にできそうな豪竿という印象である。実際に、使用してみると10センチくらいの鮒はウキの動きに合わせて竿を軽く煽ると魚はこちらにすっ飛んできた。鮒を対象魚として想定していたので、正直「失敗した」と思った。明らかにオーバーパワーである。
幸い私が東京在住であったので、押上(おしあげ)にお店を構えている竿辰本店まで勇気を出して出向いてみた。フライフィッシングがかつて私にとって敷居が高かったように、江戸和竿しかも「名門」といわれる竿師のお店を訪問するのはちょっとしたイベントであった。
三代目竿辰親方は私が竿を見せた瞬間「オヤジ(二代目竿辰)のですね」と銘など確認せずに断言した。鮒用であることは間違いないという。それから懐かしそうに竿をしばらく確認して、「いい竹だなあ、いまはこういう竿はもう作れないですよ」と目を細めた。
竿辰愛用者であれば誰でも知っているが竿辰は総じて作りが頑丈で重い。「竿辰の竿は魚には折られない」ということを家訓というか信条にしている。どんな魚にも負けない、という伝統の気概があるのだ。いろいろと興味深い昔話、修業時代のことなどを聞きながら、私は「自分は竿辰の竿を1本買うことになるだろうな」と思った。それから何本か棚もの(店舗の在庫、以前他の釣師のリクエストに応じて作成した兄弟竿)を見せていただき、そのうちひとつを選んだ。受け取る際には、黄色の竿袋に、購入した日付を書いていただいた。スラスラスラと、とても達筆である。その後で、朱印を押してくれる。それは私も名前だけは知っている人がオーダーした竿の兄弟竿だった。デザインは似ているものの、同じ竹ではないので、アクションも、色合いも微妙に違う。つまり「一品もの」である。スカイツリーに見下ろされながら、押上駅で大勢の外国人観光客にぶつからないように最大限に気を付け、60センチほどのレモン色の竿袋に仕舞われている印籠の鮒竿を大切に抱えて都営浅草線に乗って帰宅した。


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