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第二弾投稿作品 生きててくれてよかった、と思ったこと。

(この記事はご応募頂いた まるくなるこ さんのnoteから転載させて頂きました。)


旅先の宿は、古民家を改装した一軒家だった。
一階の間取りはサザエさんハウスそっくりで、
居間のとなりに台所があり、宿泊部屋にあたる和室二間の周りを縁側が囲んでいる。

丑三つ時。
ポツ、ポツ、と不規則な物音で目覚めた。
部屋の蛍光灯が煌々と光っている。いつのまにかすっかり寝落ちていた。
音のするほうを見る。縁側に面した障子のほうだ。
そっと、そーっと、近づく。

障子をゆっくり開けて、のぞき見た。
そこにいたのは、ゆうに体長3センチはあろうかという羽虫だった。
のちに調べたところ、アシブトケバエに近い。
それが数匹ではない。数えきれないほど障子紙にぶつかり、とまっては這い回っている、その音だった。

蛍光灯を点けたままにしていた所為だ。咄嗟に思った。

-しかし街灯の少ない田舎町で部屋の明かりを数時間点けたままにしていると、こんな事態に陥るのか。
それにしても、これほどの大きさの虫が一体どこから侵入したのか。-

振り返り、部屋を見回してみれば、
同様の虫が5、6匹、電灯の下で盛大にぶつかりあっている。
多少の虫には目をつむれば済むが、こう数が多くては気が休まらない。

とはいえ、部屋を真っ暗にするのは気がひけて、
豆電球に切り替え、障子を開けたままにした。
部屋から虫が出ていってくれることを期待して。
寝床に戻り、もう一度目を閉じた。

だが、その甘えがよくなかった。
気配にまぶたを開くと、事態はいっそう混乱を極めていた。

結果、どうぞお入りくださいと言わんばかりに、
部屋の外にいた虫まで部屋の中へお招きしてしまい、先程の倍の数が部屋中を飛び回り、
畳はもちろん傍らに積まれている寝具から横たわる寝床のシーツに至るまで、夥しい数の虫がそこここを歩きまわっているという、
嘘だろと言いたくなる光景が眼前に広がっていた。

全身の毛が逆立つ、くらいに鳥肌が走った。あまりのおぞましさに体がこわばる。いっそ悪夢だったらいいのにと思った。
が、このまま横になっていても安眠はもう望めない。意を決して身をかがめ部屋を飛び出した。

ひとまず、居間に殺虫剤がないか探す。
台所も探す。洗面所も探す。どこにも無い。
深夜で心苦しかったが、こうなった以上しーちゃんを呼ぶしかない。

通称・しーちゃんは、宿の管理人で二階に住み込みで働いている。
はつらつとした女性で、「何かあれば二階に向かって大声で呼んでください!そうすれば降りてくると思うので。笑」と、言ってくれていた。

階段の下から、すみませーん…と、迷惑にならない程度の音量で呼んだ。返答はない。
今度は、もう少し大きな声で呼んだ。やはり返答はない。
階段を上がり、扉をノックした。駄目だった。
万策尽きた。読んで字の如く、頭を抱えた。

部屋に戻ったところで眠れないことはわかりきっていた。
申し訳なかったが、居間の座布団をかき集め、その上に丸くなって眠った。

早朝、白んできた空の薄明かりで目が覚めた。
あれから部屋はどうなっただろうか。不安なまま、わずかな希望をもって様子を見に戻った。

部屋は静かだった。
朝の光に誘われて、虫たちはあらかた外に出ていったのだろう。
寝床の周りにも虫は見当たらない。
居間で寝ているのをしーちゃんに明け方発見されるのは恥ずかしいので、
取り敢えず寝床で眠り直すことにした。

朝7時。外はすっかり明るくなっている。
障子にちらほらとまっている虫は見えるものの、部屋は変わらず静かなままだ。
台所でしーちゃんの支度する音が聞こえる。
取り急ぎ、殺虫剤のありかを聞かねばならない。

部屋を出て正面を見ると、縁側の網戸がずれてすき間ができていた。
あの大量侵入に合点がいった。

「おはようございます。あの、殺虫剤ありますか?その、昨晩、虫がいっぱい室内に入ってきてしまって…」と、しーちゃんに聞くと、
「殺虫剤、ないんですよね。私、なぜかむかしから虫が殺せない人なんです。なので、よかったら捕まえましょうか?」と、予想外の答えが返ってきた。

虫を殺せない人と実際に初めて出くわして、愕然としたのだ。

障子に虫がとまっていることを伝えると、
しーちゃんは縁側の近くに立てかけてあるほうきを手に取り、慣れた手つきで虫を掃き、
一切の躊躇なく虫を手のひらに乗せ、つぎつぎと窓の外に運んでいく。
あっという間に、虫5、6匹が広い世界へ帰されていった。

しーちゃんにお礼を言い、ぼんやりとしたまま顔を洗った。
部屋に戻り、豆電球を消そうとすると、
スイッチの紐に虫が5匹程団子になって眠っていた。

虫が無防備に寝ているのを、私はこの歳になって初めて見た。
夜に飛び回り疲労した虫たちが、朝方に集まってこんな風に眠っている。
虫たちにも当然の生活があり、自然のまま生きている。
そう思うと、ひと思いに殺してしまうことがどうにもしのびない気持ちになった。

その後また数匹の虫を障子に見つけた私は、しーちゃんのしたようにほうきで虫を掃いて、窓の外に連れていった。
豆電球の下の虫たちの塊は手づかみする踏ん切りがつかなかったため、出かけぎわ、しーちゃんにお願いした。

内と外を厳密に隔てた便利な都市空間に戻ってくると、
人間の生活が自然環境の一部を間借りして営まれているという実感は霞んでくる。
なかなかどうして、吸引力の落ちない掃除機より、なんの変哲もないほうきのほうが、役立つこともあるものだ。


場所:長野県安曇野 ゲストハウス 燈
執筆者: まるくなるこ さん


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