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夢か現か、

数年前、東京で朝から晩まで働いていたころ、連休によく訪問していたゲストハウスで、京都にある一つのゲストハウスを知りました。

ゲストハウス錺屋さん。

五条通にありながら、大正時代に建てられた古い薬屋の建物を使っていて、掲載されていた本の写真からは、そこだけ時が止まったような不思議な雰囲気を感じました。

その時からそこが、ゲストハウスが多い京都で、気になる一軒となりました。

次に京都へ訪問したときは泊まってみたい。
そう思いながら、仕事の忙しさに追われ、日本各地に魅了され、時間だけが過ぎていきました。

一昨年末、ヘルパーとしてゲストハウスで働く内定をいただいたので、会社を辞めました。年が明けて、新型コロナウイルスの感染がじわじわと広がってきていたころ、ついに機会を得て、ゲストハウス錺屋さんへ宿泊する運びになりました。

憧れの場所へ向かう時のわくわく。ドアノブを手にしたどきどき。

入った瞬間の、タイムスリップしたような空気。
なんて素敵なところでしょう。
京都に、まだこんなにも「観光」に染まっていない、「昔ながら」の場所があったなんて。

本で見た写真の何十倍も何百倍も素敵な場所。
ガラスの引き戸を開けて、スタッフさんとご挨拶。チェックイン。

つやつやに磨かれた木の床、あがりがまち。
レトロなソファ。籐のかごにはスリッパ。
古いガス台や炊飯器のあるキッチン。
ダイニングテーブルには、華奢なお花が活けてあり、茶棚には色んな食器がぎっしり。

廊下を進むと苔むした中庭。
タイル張りのお風呂。
昔のガラスのはまった木枠の引き戸を開けると、ドミトリー。
今晩の寝床。
白いシーツは清潔で、2段ベッドの黒い鉄のフレームとのコントラストが美しい。

まだ肌寒い3月の京都。
スタッフさんが石油ファンヒーターを焚いてくださる。

部屋で一人になると、思わずため息をつきました。
ほっとする場所だなぁ。

それが、何よりの感想でした。

LunaさんPhoto2


LunaさんPhoto3


京都でも有数の大通りに面していながら、この大切に守られてきた町屋の中を、何をするともなく眺めながら過ごす静かな夜の時間が、日々の喧噪を忘れさせてくれました。

朝、中庭にこぼれる白い光の中、小さな苔の器に大切そうに水をやるスタッフさん。
おはようございます、と声をかけると、にこやかに返してくださる。

苔、育てているんですか?
ええ、山の方へ行って採ってくるんですよ。
盆栽みたいに育てているんですね。
こうして器に飾ると、かわいいやろ。
かわいいです。
珍しい苔もね、これと、これは種類が違って。
……苔について教えてもらう、京都の朝。なんて面白い。

このゲストハウスのお庭には、小さな茶室もありました。
女将さん、スタッフさんみんなで手作りしたそう。
その時の写真には、本当に楽しそうな皆さんの姿が映っていました。

茶室の入り口に腰掛けてお庭と縁側を眺めると、ふき抜ける風で若葉が揺れ、風鈴がリンリンとなりました。
愛によって生まれた空間だから、一晩の滞在でもこんなに満ち足りた気分になれるのね。

あぁ、また京都に来るときは、絶対ここに泊まろう。
このゲストハウスやホステルの多い京都で、ついに定宿を見つけた!

チェックアウトの時はそんな思いで、木製の下駄箱からブーツを取りました

それから1ヶ月もしないうちに、全国に緊急事態宣言が発令されました。

私は内定を無くし、代わりに千葉の田舎で職を得ました。
高齢の方たちに囲まれながら雇われ仕事をしていると、新型コロナウイルス感染症が流行っている中では、なかなか旅に出にくくなりました。

およそ1年後。4月。
仕事の都合で、1年ちょっとぶりに、京都の地を踏みました。

予約した宿に向かう途中、「管理」の看板の掲げられた「ゲストハウス錺屋」の前を通り過ぎました。

新型コロナウイルスによって観光客の激減した京都で、続けていくのは難しかったそうです。年明け1月に、閉館となっていたのでした。

無人になった建物を見上げながら、色々なことを思いました。
「私が借りられたら。」
「地元の人も集える古本や雑貨を扱うカフェなんて、趣が出そう。」
「あのジブリ映画に出てきそうなお庭は、今どうなっているのかしら。」
「両側のビルのように、この建物も壊されてしまうのかしら。」
「『管理』の看板が立っている以上、ここを、この建物を使いたいと言って借りてくれる方が現れてくれるかしら。」
なにより、あの宿泊が、まるで夢の中だったかのように感じていました。

それから1か月後、フェイスブックを通じて、取壊しの報を聞きました。

あの素敵なドアノブや、ガラスや、建具は、すべて取り壊され、あの青々とした中庭も、すべて更地に、そしてしばらくは駐車場になるそうです。

もし、を考えたらきりがありません。
一介の貧乏な旅人である私は、一期一会に感謝しつつ、その諸行無常を、指をくわえて見ているしかないのです。

ゲストハウスという種の宿は、その多くが、今でも各地で古い建物を大切に使いながら営業を続けています。

実はゲストハウスは、古い建物やそこに息づいてきた人々の思いを後世に伝えていく、重要な役割を担っているのかもしれません。


日時:2020年3月
場所:京都
宿:ゲストハウス錺屋

執筆者:トトロと旅する旅人、るな。海外志向の中で育つ。大学卒業後、総合職として通関業会社へ入社。日本の良さに目覚め、長時間労働の合間を縫って旅に出る。地元千葉にはゲストハウスが少なかったこともあり、将来の開業を夢見て修行の旅に出るべく脱サラ。しかし新型コロナウイルスの流行によって足止めされる。そんな折、ゲストハウスを開きたいと思っていた香取市で地域おこし協力隊の募集があることを見つけ、衝動的に応募。採用され、現在に至る。2021年度より業務委託契約により協力隊活動を再始動。観光振興業務及び地元高齢者のためのIT活用などを行う。
月ノ舎  https://katorisaito.stores.jp/ 
Instagram https://www.instagram.com/katori.saito/


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