「君のこともっと知りたいな」「そんなの自分で考えなさいよ」

何でも言ってよ。

Mさんの言葉に妙な既視感を覚え、その正体に行き着いて少し笑った。
以前、Mさんは夫に似てると思ったけど違う。Mさんが似てるのは高円寺の元彼だ。

何でも言ってよ、なんて。

私は何でも言いたいなんて思ってないんだけどな。
何でも知って欲しいなんて思えない。

もう15年くらい前だけれど、やっぱり途方に暮れた記憶がある。
溌剌と、何でも言って!全部受け止めるから!と高円寺の元彼は言った。

今、目の前にいる私以外を貴方に知って欲しいという欲求がないんです、とはさすがに言えなかった。


今も、曖昧に笑うくらいしかできない。

隠し事になるのかしら?と考える。

言わなかった選択は、教えなかったことになってしまうのかしら?


何でも言って。
一見、優しそうなこの言葉の暴力性は一体なんなのだろう。
実際に優しさから発せられていることも解っているけれど、言わないほうが悪いみたいな気がするのはさすがに被害妄想かしら。


何でもは言いたくないな、私。


絞り出すみたいに言った。(でもこの言葉自体は何でもの範囲に入ってるはずだ)
Mさんはキョトンとしていた。まさか断られるとは思わなかったのかもしれない。

Mさんの着ているTシャツがメゾンキツネだ、なんて場違いなことに気付く。この間はAPCだった。服好きなのかな。


ぐぐちゃんは難しいね、と笑われたけれど、私は至って単純で簡単で難しいことなんてひとつも考えてない。

人に話すべきことは私が決めたいだけなんだけどな。
もっと天真爛漫に生きられたら、あのねあのね!と話せたのかな。


皆どうしてるんだろう。

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