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everyday magic

昨日のパディントンといい、先日のメリー・ポピンズといい、どうも私は日常と地続きの不思議を書いた物語に弱いらしい。気になってウィキペディアでメリー・ポピンズの事を調べてみたら、”everyday magic”という言葉に巡り合った。所謂ロー・ファンタジーの一種で、日常生活に不思議な事が起こるような内容の作品を指すのだという。別世界を舞台にするハイ・ファンタジーの対立概念の方へ含まれる物のようだ。ゲームオブスローンズは典型的なハイ・ファンタジー、ハリポタはハイ・ファンタジーとロー・ファンタジーの混合、パディントンやメリー・ポピンズはロー・ファンタジーの中でもエブリデイマジック、という分類になるらしい。
ほほう。
私のようなオタク的に身近な所で例えれば、異世界転生物はハイ・ファンタジー、プリキュアはロー・ファンタジー寄りの混合、メイドラゴンはエブリデイマジック、ということか。SFとの住み分けなどで多少混乱はあるらしいが、基本的には化学と未来と別惑星を持ち出さしたらSFだと思っておけばよいかも知れない(例:ドラえもんは未来のネコ型ロボットだからSF)。

振り返ってみると、イギリスにはエブリデイマジックの名作が多い気がする。メアリー・ポピンズ、パディントン、チョコレート工場の秘密、ドリトル先生、くまのプーさんだってそうだ。きちんと調べていないのであくまで個人的主観ではあるが、アメリカはこの日常と不思議のパワーバランスを主にSFの方で扱っている気がする。アメリカの最も有名なファンタジーと言えばオズの魔法使いなのだが、あれはオズの国という別の世界を舞台にしたファンタジーだ。オズに関しては昔、寺山修司が『自分たちでは農業国だと思っているけれど、実際は機械産業国であるアメリカ』の戯画であるという解釈を読んでなるほどと思ったのを思い出す。ハリポタの前日譚『ファンタスティックビーストと魔法の旅』はアメリカが舞台だが、ハリポタの設定に則って魔法は人間世界に影響を与えない。人間界と魔法界は厳然と隔てられているのである。アメリカを舞台にして成功したエブリデイマジックで最も成功(?)したのは、もしかしたらモルモン教なのではないだろうか。このように、神と機械の国アメリカには、妖精や魔法のようなマージナルな物が入り込む隙がないのかもしれない。

翻って本邦では、神も妖怪も人の世に寄り添っている。そのあたりにある大きな木や岩にしめ縄が張られ、目に見える形で神様として祀られている。
天の神とて、死んだ妻を黄泉の国へ迎えに行ったり、荒っぽい弟にうんざりして天岩戸に引きこもったりと、酷く人間臭い。
私がエブリデイマジックに強く引き付けられるのは、引きこもった最高神を誘い出すためとはいえ、飲めや歌えの酒盛り(ダンサー付き)をしてしまうようなしょうもない神様たちを受け入れる素地があるからなのかもしれない。
私の知る世界では、あちらとこちらにさほど違いはないのだ。

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