夢を見る。時々(5)

 夫がお茶を飲みたいと切り出してきたので、中国茶を淹れて2人で飲んだ。お茶に詳しい人は魅力的かも。効能とか。こういう症状の時はこれがいいよ。とかアドバイスしてくれたら嬉しいと。他愛もない話をする夫の話をふーん。と聞きながら、一煎目が終わり、二煎目を注いだ頃、夫が、会話ってさ。と別の話を切り出し始めた。
 ぐるぐるとなんだか色々話し、週末、一緒に車に乗っていた時、私が一方的に話しかけてきてすごく疲れた。と言葉を振り絞った。
 一方的に話すのをやめてほしい。と言い、俺が話すまで黙っていてくれ。と言う。カッと頭に血が上りそうになるのを、くっとお茶と一緒に流し込む。
 週末の事は私にも覚えがあった。
 目的地の駐車場に着いた時、彼がすごく疲れた顔をしてか細い声で疲れた。と言ったのを聞いて、どれが原因なのかはわからなかったのだが、他に原因が思い当たらなかったので、私なのだろうなと、申し訳ないことをした気持ちを味わっていた。
 出会ってからもう干支が1周したとは言え、まだよく知らない人間なのだ。扱い方や、捉え方に相違がない訳がないし、成長だって趣味が変わる事だってあるんだろう。で、それはおそらく死ぬまで続くだろう。
 できる事が、その場から一刻も早く消えてあげることだったが、進む方向が、一緒なんだよな〜。と歩いていたら、分岐点に辿り着いたので、そのまま私は本屋に向かった。
 で、好きな本に囲まれてまた忘れていた。
 それがまだひっかかかっていたのか。と三煎目を淹れながら、顔を眺める。
 とはいえ、自分が話し始めるまで話さないで。と言うお願いは中々、一緒に生活をする人間としては厳しいものがある。奴隷かよ。と自分を卑下してしまいそうになる。
 発言だけで捉えれば、とんでもない言い草なのだが、決して夫は冷たい人って訳ではない。共感する力を持ち合わせずに生まれてきた。と言っても過言でないくらい共感する力が薄いので、自分のテリトリーを害されるのを大変嫌がるが、尊敬できる所ばかりの人間だ。
 何より、共感する力だけで生きてきた私には頼もしいくらいの無視っぷりに、ハラハラも止まらないが、爽快さもある。
 そういう話しになる想定でなかったもので、気を抜いていたが、ちょっとお腹に力を入れて、よくよく話を聞いていると、彼がそう感じるのは、音楽と関わる前と後、それからその最中らしいと見えてきた。
 始まる前には緊張というのか、向かう静けさのようなものを身にまといたいし、最中はもちろんそこに全神経を集中させていたいし、終わった後は余韻の中で反芻も心置きなくしたいようなのだ。
 そうでした。彼は音楽を大切にしている人でした。とそこでザブンと波が押し寄せる。確かに最近の彼の音楽との向き合い方はとても純粋で、綺麗だな。と私も感じていた。ならば、大切にしてあげなければいけない。
 難しい試みだが、1つ私は、彼がそこに身を浸しているのを肌で感じ取るようにする事にした。
 今黙ってて。なんて言葉を、彼は、人に言ったりは出来ない。
 勇気を出して、お茶を飲みながら、言葉を選んでいるのに、それがうまくいかないと開き直りそうになりながら、それでも冷静さを保とうとしながら、自分が相手を傷つけてしまわないか、ドキドキしながら話す人だ。
 可愛いな。と改めて魅力を見つけられた夜だった。干支1周分かけて私が身につけさせてもらった、ものの見方の一つかもしれない。
 喋りすぎだと私に彼が噛み付く時、多分彼は頭の中に音楽とそれにまつわる様々な考えが流れている。私が喋りすぎているのでなくて、彼の頭の中の音がいつもよりも多すぎるのだ。
 私の共感する力もよそ行きの道具で、家の中では休ませたかったから、彼の誰に対しても共感しない姿が、魅力的だったのかとそこでまた1つ凄いことに気が付く。
 それが、気に食わなくて家出を図った事も何度もある。ドンキーコングのように洗濯物を放り投げたこともある。居ない彼の部屋に買ってきたコーヒーをぶん投げた事もある。
 なんという野蛮さ。
 今となっては、それを理解しないでくれてよかった。
 四煎目のお茶を飲んで、私達は眠ることにした。
 次の日、少し早く目を覚まして、朝ごはん用の牛乳を近くのコンビニまで買いに出かけた。家に帰ると目を覚した夫がリビングにいて、私の顔を見るなり、家出したかと思った。と言った。


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