夢を見る。時々(7)

 夫と私は出身県が同じだ。出会ったのも地元なのだが、経由地的にそこに留まっていた時に会って、結婚している。
 彼は、留学から帰ってきてもう上京の予定が決まっていて、私も東京で一緒に暮らしていた人と別れ、唯一の社会活動だった、バンドも辞めて、実家に舞い戻っていた。北関東の大きなショッピングモールの中にある、チェーン店のカフェ店長。そこに短期間でバイトしたいと彼がやってきて、面白そうなので働いてもらう事になった。
 私は全然、自分の生まれ育った街が好きではなかった。だからと言って東京も好きではなかった。特にどこが好きとか、何が嫌いとかを一生懸命考える事に興味もなかった。
 夫になる人は言っていた通り、短期でバイトを辞めて、私もそれから1年くらいして、仕事をやめてまた上京する事にした。
 休みの日に、ふとスコーンが食べたくなって、買い物に出かけたら、自分の住む街のどこにもスコーンが見当たらなかった。なんでかそれに背中を押された。
 また上京しても、東京は好きでも嫌いでもなかった。なんかオシャレ風を装ってもオシャレでもなく、満喫感を演出しようにも何が満喫なのか全然わからない、自分がいた。
 スコーンも彼も居たので、幾分地元よりは興味があるな。という感じだったのだと思う。
 色々あって、結婚して、更に生活は続き、出身県の縁もゆかりもない場所に一軒家を借り、ありがちな庭で野菜は作らずに生きている。むしろ庭に生えてくる草の勢いに押され気味に生きている。
 今朝ほど、調子の悪かった洗濯機がいよいよ壊れた。洗濯物が、びちゃびちゃの状態でにっちもさっちもいかなくなり、仕方なく、近くのコインランドリーに車で行って、洗濯が終わるまでの間、近くの家電量販店を偵察する事にした。
 故障したのは、都会で共働きの新婚生活を送る為、テンションが上がって買った、様々な機能が搭載された高価な洗濯機だった。
 マンション暮らしだった事もあり、乾燥まで洗濯機に任せて、太陽の下に洗濯物を干す事はほぼなかった。
 田舎での暮らしになると、乾燥機能を使用する事はほぼなくなった。太陽も、干す場所もじゅうぶんある。買い換えるのであれば、シンプルに必要な機能だけを備えたものにしようと、目ぼしい洗濯機を見つけて、コインランドリーに洗濯物を取りに戻る。
 引き上げて家に帰る車の中で、あのさ〜。と夫が切り出しはじめ、最近、仕事場で新しく出会った人が荻窪出身だった事を話し始めた。2人の会話は盛り上がったらしい。荻窪にある、個人経営の本屋の話なんかをして、その穏やかな会話に身を委ねたのだろう。お互いに音楽をやっている。というところまで彼らは流れつく。そしていよいよ。どんな音楽を聴いているの?という質問が発射される。
 荻窪出身のその人は、少し考えて、B’zと答えたそうだ。
 何を感じたのか、荻窪でB'zか。と夫は私も見ずにつぶやいた。
 荻窪でB'zだったらしい。
 その言葉はあまりにも美しく完璧で、響きも頭で思い浮かべた字面も大変良かった。少なくとも私には、となりのトトロくらい、B'zが未知の生物になり、きっちり語感が良いにも関わらず、味わったことのない違和感が続きに続いた。
 大事にしてる服は部屋干しかな。と家に着いた私は、早速ハンガーに夫のラコステのポロシャツをかける。
 夫の黒いランニングシャツを見つけて、これはどっちか尋ねると、それは肌着の部類だと言われた。
 子供の頃、幼馴染から、B'zは、ヴォーカルの人が黒いピチピチテカテカのホットパンツをはいてライブをやるんだよ。と教わった事を思い出す。
 そういえば、ずっと知ってるB'z。スコーンは、いつ頃はじめて食べたんだったか。
 きっと、B'zを最近知って、スコーンを小さな頃からずっと食べる人も居るのだろう。
 ホットパンツ姿を見てみたかった私に、友人は確かこんな感じと、自分の見たB'zのホットパンツ姿を、絵に描いてくれたような気がする。
 頭の中の成人男性と、その鉛筆画を頭の中でしっかり結びつけながら、その姿を想像しながら、絵を描く友人を眺めている。
 一生懸命友人の描くホットパンツの正面に、それでね。と描かれ始めた線が、太陽なのだと理解した時、子供の私は、思わず目を見開いた。
 家電量販店で洗濯機を眺めながら、乾燥機能はいらないか。と言った夫の声が脳みそにこだましている。
 風になびく洗濯物が、夏の太陽を浴びてぐんぐん乾いていく。
 
 
 
 


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