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小さな匙ですくえるもの

どんな人間にも休息は必要です。休まずに動き続けることはできません。一方、休まずに動き続ける動物もいます。そんな動物は人間よりもはるかに短い期間しか生きることができません。つまり休息をきちんと取ると云うことは長く生きることと同義である、と私は考えます。

ようこそ。ここは貴方にゆっくりとした「休息の時間」を与えることを目的とした「空間」です。どうか、日常の刺激で研ぎ澄まされた精神を緩やかに、そして穏やかに溶かしていっていただきたい。今聞こえているこの声は、貴方の耳や鼓膜を通さず、頭の中に直接届いています。そう、貴方以外の誰にも、この声を聞くことはできません。そして、貴方にこの声が聞こえているということは、この「休息の空間」に貴方は入ることができたということ。貴方はすでに「休息の空間」にいるのです。さぁ、この空間では余計なことは考えず、私の声だけに意識を向け、長くて短い不思議な「休息の時間」に、その身を委ねてください。

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そんな、ゆったりとした休息の時間を過ごしていただく為に、ちょっとしたお話をお聞きいただきたいと思います。休息のための特に意味のないお話。休息には時にそんなものが役に立つのです。勿論、聴きながら、ゆっくりとお休みになっていただいても構いませんよ。

さて。

ここに、ひとつの小さい匙があります。これは何に使うものなのでしょうか。甘いスイーツを食べるためでしょうか。一杯のコーヒーに砂糖とミルクを入れ、かき混ぜるためのものでしょうか。料理の調味料をはかりいれるためかもしれません。

とにかく、この小さな匙は、何かちょっとしたものをすくうためにあるということが容易に想像できる、いや、貴方はそれを想像するまでもなく知っています。

道具には使い道がないものはありません。必ずなにか使い方があります。使い方が存在しない道具は道具とは言いません。道具は、貴方の生活を、人生を、より豊かにすることでしょう。全ての道具にはその使い方があるのです。小さい匙には小さい匙としての使い方があります。

それは何かをすくうことです。

この小さい匙は、実は貴方をすくう為にあるのです。

貴方は、毎日他人と比べられ、誰かに主張を押し付けられ、自分自身を見失ってしまっているのではないでしょうか。それはそれはとてもお疲れのことでしょう。そんな過酷な毎日のせいで、貴方からこぼれ落ちてしまった、貴方自身の命の雫。このままでは貴方の全てが雫となって落ち、やがてなくなってしまいます。この小さな匙はを貴方を、貴方の命の雫をすくうためにあるのです。今日までにこぼれ落ちた貴方の命の雫は、貴方の足元に広がってしまっています。そこから、ゆっくりとこの小さな匙で貴方の命をすくい上げます。すると不思議なことが起こります。すくったそのひとかけらの命は、またキラキラと煌めく命の雫となって、貴方に戻っていくのです。

ところが、この小さな匙で一度にすくえる命はご覧の通り小さじ1杯です。このおびただしく足元に広がる、こぼれ落ちた命を全てすくって貴方に戻すには、とても時間がかかります。

だから休息の時間が必要なのです。
そして休息には時間が必要なのです。
貴方の命をすくいあげ、戻すための空間が必要なのです。

こぼれた貴方の命をすくうために、この小さな匙があるのです。

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いかがですか?静かな空間でのひとときの休息。貴方にその時間と空間を与えること。それが我々に与えられた仕事です。

私の名は「小さじ」。そう、今お話しした小さな匙は私のことです。貴方からこぼれ落ちた命の雫をすくいあげ、貴方自身をすくうことが、私が私である理由です。それが正しい私の使い方。

私は道具ですが、貴方は道具ではありません。貴方にはできることが沢山あります。私が貴方をすくいます。だから、貴方はこの空間を出るとまた命に満ち溢れた明日を生きることができることでしょう。

私のお話はここまで。ここからはゆっくりと貴方の命をすくう時間といたします。さあ、深い眠りについてください。目が覚めたら再び命が満ち溢れた貴方になっていることでしょう。

おやすみなさい。

<完>

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