『イギリスのEU離脱が決議されたEU議会で蛍の光が歌われたのは英国を煽るため』という誤解を解きたい

ついに、イギリスのEU離脱が正式にEU議会で承認された。

この際、議決後に、"Auld Lang Syne"、日本では『蛍の光』として知られる曲を、議会に出席していた議員が手をつなぎながら歌う、という光景が見られた。

最近、これが『蛍の光はもともとスコットランド民謡なのでイギリスとEUの高度な煽りあい』であるとする意見を目にしたのだが、これはシンプルに事実ではない。

BBCやガーディアン、テレグラフなど主要紙のこの件に関する記事を見てもらえばわかるはずだが、この曲に関して皮肉だなどと触れられているものはひとつもない。例えば、Brexit Auld Lang Syne sarcasm(蛍の光 皮肉)などと検索しても何も検索結果にあがらないことからもこれは明らかだ。(BBCはこの日の記事にFond farewell(優しいお別れ)という見出しを付けている) 

EU側の善意のもとに歌われたこの曲が煽りであるかのように日本でだけ思われるのは何となく不憫なので、この誤解を解くために、なぜ蛍の光が単に善意から歌われたものであると言い切れるのか説明しようと思い今回この記事を書いている。

ナイジェル・ファラージ

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恐らく、この誤解の一番の元となったのはこの人、ナイジェル・ファラージだと思う。この人が『我が国にはEU裁判所も、EU法も必要ない!お前たちは俺らがいなくなって寂しいと思うけどな、じゃあな!EU!』と扇動的なスピーチを行い、最終的にイギリス国旗を振りかざして議長からマイクを切られるというシーンが報じられたので、結果としてイギリス側が『清々したぜ!』と煽り、その仕返しとしてEUはスコットランド民謡を歌って応戦!という誤解につながったのだろう。

だが、あのスピーチはあの日の議会のほんの一部に過ぎず、かつナイジェル・ファラージはイギリスを代表するとは程遠い人物だ。

この人はもともとUKIP(イギリス独立党)という右翼ナショナリスト政党の党首で、移民の排斥やEU離脱を以前から政策として掲げ、一部の層からの人気はあるものの、多くのイギリス人からは、まあ率直に言えば"idiot"(馬鹿野郎/クソ野郎)扱いを受けている。

具体的には、選挙運動中に、『私の街にあなたのような差別主義者はいりません、お帰りください』と罵られたり、挙句にはニューカッスルではバナナ塩キャラメルシェイクをぶっかけられたりしている。(わざわざ飲み物の中身まで詳しく報じるあたり、イギリスメディアも面白がっている気がする笑)

その後、UKIPは脱退し、EU離脱党という『離脱した後はどうするのだ?』という突っ込みどころ満載の党を結成し、党首に就任。EU議員選挙では勝利を収めたものの、2019年の国政選挙では600人以上の候補を擁立しながらも1議席も取れなかった。したがって、ファラージの演説がイギリスの総意であるかのように受け取るのはそもそも間違いだし、EUの議員たちだってそんなことは重々承知なのである。

他の英国議員やEU議員たちの反応

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そもそもファラージ以外のイギリスのEU議員たちの何人かは将来的にEUに復帰することを望むという旨を表明しているし、特に、同じくEU議員のイギリスの緑の党(こちらはEU離脱党と違い、国内に7議席を持っている)のモリー・ケイトー氏は『私たちは悲しみと後悔とともにEUを去りますが、-中略-私は再びイギリスのEU復帰を祝うためにこの席に戻ってこられると信じています』と涙ながらに演説をし、議員たちの中に涙する人の姿も見られたし、スタンディングオベーションで迎えられている。

(なぜかBBCの動画の埋め込みがnoteでは機能しなかったので興味がある方はこちらの記事に飛び、動画を再生してみてほしい​)

他にも他議員の演説などの様子がハイライトで全て上のBBCの動画に収められているが、特に印象的だったのは他国のEU議員たちのスピーチだろう。今回のイギリスのEU離脱を自国の右傾化の追い風にしたい一部国の議員(具体的には"真のフィンランド人党")を除けば、イギリスを煽ったり責めたりといった内容は全く見当たらず、ただ切々とイギリスの離脱を惜しむ内容だった。

EUの経済委員長、ドイツ人のデア・ライエン氏はイギリス人のジョージ・エリオットの詩を引用し、"We will always love you and we will never be far"(我々はあなたがをいつまでも愛しているし、決して遠く離れることはない)とスピーチを結んでいる。

また、元ベルギー首相のヴェルホフスタット氏は『私が思うにこの議決はさようならではなく、またね、なのであります。』と演説した。

まとめ

以上が議会の様子で、この流れののちに歌われたのが『蛍の光』なのである。動画を見ていただければわかる通り、涙ながらに歌っている議員の姿も見られる。

これを見て、この曲が”煽り”だというのには無理があるというのがわかると思う。

確かにAuld Lang Syneはもとはスコットランド民謡ではあるが、日本でも同様であるように、100年以上前からヨーロッパ、アメリカ、アジアなど世界中で別れを惜しむ歌として親しまれているものなのである。

韓国ではこの曲のメロディーに乗せて国家が歌われていたくらいであるし、今さら蛍の光を聞いてスコットランドの歌だ!という印象はそこまで強くない。

確かに、イギリスとEUが議会で煽り合った末にEUを離脱していった、というストーリーに仕立てた方がネタとして面白いというのはわかるが、残念ながら事実ではない。

ただ、イギリス人は恐らく皮肉や煽りが世界一好きな民族で、わざわざEU議会を探さなくとも、イギリス人の秀逸な皮肉やジョークは数えきれないほどあるので、もし興味がある人はぜひ調べてみてほしい。


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