エナジードリンク


  • もし「エナジードリンクなんて眉唾」「栄養ドリンクの方が効く」などと抜かす輩がいたら、直ちに脳を摘出して水槽に浮かべ、電気信号で石油王にでも何でもしてやろう。それが一番“効く”のだから。これは正確さを欠く表現だが、エナジードリンクは効かないから効く。何に効くのか分からないから、何が効くのか分からないものに効く。

  • 「エナジー」は虚構である(それに相当する何かしらはあるのだろうが)。虚構だから誇大的に宣伝できるし、誇大的に宣伝すればするほどその虚構性が強調される。こうして虚像が膨張する一方で、エナジードリンク自体は実在し、スーパーやコンビニの店頭でお茶や水と同じように売られている。このようにエナジードリンクにおいては虚構と現実がねじれて接続されているわけだが、構図としてはテーマパークなんかと近いのかもしれない。

  • だからエナジードリンクは、栄養ドリンクともビタミン炭酸とも違う。それは、ディズニーランドが富士急でもナガシマスパーランドでもないのと同じことだ。私が欲しいのは、カフェインでも、ビタミンでも、L-アルギニンでも、高麗人参でもなくて、「エナジー」であって、「エナジー味」であって、虚構なのである。

  • エナジードリンクは、その全生命が懸かっているところの、この核の虚構性を死守する。いかんとも言い難い風味で、謎めいたパッケージで、そして製造過程、バックヤードを明かさないことで…まるで、虚構で膨らんだ風船のようだ…

  • もしエナジードリンクの"正体"を詮索したり、虚構性を指摘してこき下ろしたりする人がいるとしたら、その人は寧ろ虚構性に弄ばれている。虚構性は若さと似ている。というのは、それをそれと認識するまで存在しない点においてである。虚構性を看破して"老いて"しまった後で、もう一度そこに飛び込んで虚構の現実性を看破しなくてはいけない。メタファーを単なるレトリックとして処理してはいけないのと同じように。…と、今のところは思っているが…

  • 以前エナジードリンクを飲んだとき、缶を見てなんとなく「トレカのレアカードみたいだな」と思ったことがあった。我々には、レアカードが必要ではないか?

  • 小学校に入学する前、私はアーケードゲームの『甲虫王者ムシキング』に熱中していた。その頃に、ムシキングのレアカード「アクティオンゾウカブト」を手に入れる夢を見たことがあったのだが、当然夢なので目が覚めるとアクティオンゾウカブトは消え失せていて、部屋中を探し回ったが無論見つからず、私は号泣した。これが私の記憶にある最初の“喪失”である。それから程なくして私は小学校に入学し、それと同時に当時住んでいた地下鉄植田駅周辺のアパートから現住所に居を移したのだが…もし、それ以降の私の人生における欲望の対象が全て、あの日得てもないのに失った、かのカードの虚像だったとしたら…

  • エナジードリンクは幼稚な味がする。正確には、ちょっとノスタルジックな味がする。それは思うに、「~味」と断定しがたい微妙な味と、揮発感・清涼感がそう思わせるのではないか。曰く言い難い新しい味がするから、新しいものと遭遇した過去の気分が想起されるのではないか(というか、逆説的に響くが、新しいもの、奇異なものは、いつも同時に少しだけ懐かしい)。

  • かつて大学生の自由帳の記事の中で「エナジードリンクと大学生は似ている」と書いたことがあったが、それどころかあらゆる物事について、その微妙に特異な部分を見抜いて、それを特異ならしめている“エナジー”部分を言い当てれば(遡及的に措定すれば)、「エナドリ的解釈」ができるのではないか。というか、それはふつうにポエムだ。

  • 例えば、昨日私は…歯が、「滅びの具象」だと、そう宣ったのだが…何を、歯は歯に決まってる。しかし歯には、どうしても歯というだけではない何かがあるように思えて…それは一見したところ、せいぜいエナジードリンクが栄養ドリンクより多少浮わついている、その度合い程度のことでしかないのだが…何も、ウサギがカモに見えたと言ってるんではない…しかし、そのほんの微かな揺らぎ、亀裂、不整合が、その微かさのゆえに、その無害さのゆえに、かえってただならぬ意味を持っているような、そんな気も…云々…

  • エナジー・エブリシング。空腹を満たすための食事、喉を潤すための飲料、進学・就職のための勉強、健康維持のための運動、教養を深めるための芸術鑑賞、よりよい人生のためのありとあらゆる活動。人生をよりよくしてくれる青春を得るための部活動・サークル活動、人生をよりよくしてくれる自由を得るための趣味、人生をよりよくしてくれる幸福を得るための恋愛…さっさと脳を水槽に沈めろ、バカが!俺は…俺はただ、あの時失くしたアクティオンゾウカブトを、取り戻したいだけなんだ、きっと…目を覚ましたいんじゃない、翼が欲しいんだ、本当に…しかしこのままでは、売り物のマッチを燃やし尽くして、凍え死んでしまう…このままでは…どうしたものか…


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