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品位あるハンバーグランチへの忽然の回帰。

「ゴッドバーグ」2021年2月9日(火)

振り返ると、この1年程の世界の激変ぶりにどことなく不安と違和感を覚えながらも、いつの間にかその状況に慣れ、在宅勤務や適所勤務、テレワークやワーケーションといった新しい働き方を生み出すほど、人間は逞しくしなやかな存在である。

“ニューノーマル”のキーワードすら、数年後には“ニュー”が消えるほど、現在の生き方や働き方が当然の“ノーマル”のようになるのだろう。
人はモチベーションよりも習慣でできているのだ。

午前中を在宅勤務に費やし、昼を迎える頃に外に出た。
一見自由なライフスタイルのようだが、すべては結果で評価されることは無言のうちに不安の証でもあることは承知していた。
それはまた、どこか特別な正午のようである。
もっとも寒い季節の中で、例年ならば世界中から外国人観光客でごった返す市中も、その閑散と寂漠は未知なる世界にしか映らない。
その世界を記憶に刻むように、底知れぬ寒さに耐えて歩いた。
無計画のままにあまり歩くことのない道に差し掛かった。
海鮮丼の店が多いエリアながら、あまりの寒さに海鮮丼の誘惑に魅了されることもなかった。
普段歩くことのない路地の奥へと足を向けると、営業しているのか定かならぬ看板に出会った。
何やらステーキとハンバーグの店らしく、2階からこぼれるほのかな照明は営業中であることを明かしていた。
店に入ると、品行方正な女性スタッフの導きとともに、バーのような落ち着きを宿すカウンター席に座した。
おそらくハンバーグが最有力のメニューなのだろう。
「ハンバーグ150g」でライスの量を普通で注文をしようとすると、
『焼き方はどうされますか?』と問われた。
肉の質量といった条件によっては、焼き方は大いに異なる。
『おすすめの焼き方は何ですか?』と敢えて問うた。
『おすすめはミディアムとなりますが』と笑顔を浮かべた女性スタッフが凛と応じた。
すぐさまおすすめに乗じて待つことにした。
カウンターからは伺うことができない調理場から、季節外れの土砂降りのような油の跳ねる音が店内に響き渡る。
時に乾いた、時に豪快な音。
食欲を喚起するものは、香りだけではない。
すると、先にライスが運ばれてきた。
その光沢は、カウンター席の白熱灯を反射して艶めいていた。
ライスが訪れてからハンバーグが訪れるまでの間は、なんと長く感じたことであろう。
何故に長く感じたか?
時に乾いた、時に豪快な音が、間近に迫り来ることを感じたからに他ならぬ。
鉄板の上で豪放に沸騰するソースに目を奪われた。
スパイシーな香りがそれを振り解き、久々にナイフとフォークのスタイルでハンバーグに挑んだ。
ペッパーが強めに効いたソースは、ニンジン、玉ねぎ、じゃがいもの甘さを絶妙に引き出していて、
それだけでもライスが進んだ。
いよいよハンバーグにナイフを粗挽きの肉の感覚が伝わってくる。
緩み始めた豪放なソースをハンバーグの断片に絡ませて口元に運ぼうとすると、粗挽きゆえに肉が容易くほろほろと崩れた。
あらためて巧みにフォークを使って口内に運ぶと、肉の綻びからペッパーの強い香りが鼻から抜けたかと思うと、無性にライスを求めた。
ナイフとフォークというオールドスタイルは、他を顧みることを促しているような気がした。
この正統派のオールドスタイルによって、外面では大人びた冷静さと気取りを取り戻さなければならないが、内面ではがむしゃらに食べ進めたいという欲求が溢れ出る。
丁寧に、しかし営々とハンバーグと向かい合う時間はあまりにも愛おしい。
気品あるハンバーグへの回帰に陶然としながら、午後の現実を受け止めようと志した…

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