【人生最期の食事を求めて】束の間の忘我を導く海鮮丼の魅惑。
2024年7月8日(月)
札幌海鮮丼専門店 すしどんぶり(北海道札幌市中央区)
オリンピックイヤーとは嫌悪を招く響きだ。
利権まみれの案件という意味では、その頂上がIOC絡みであろう。
しかしながら、チケット販売の進捗は極めて悪いという。
交通手段や宿泊施設を中心とした物価高やテロ発生のリスクといった問題も影響しているのかもしれない。
一方、スペインのリゾート地では観光客急増による弊害によって住民がデモを起しているというニュースが飛び込んできた。
いわゆるオーバーツーリズム問題は、スペインを中心とするヨーロッパだけの問題ではなく、日本においても東京・大阪・京都はすでにその渦中にある。
実際に2023年に関西を訪れると、大阪も京都も過剰なまでの群衆と夥しいゴミが溢れていた。
にもかかわらず、政府は「2030年に6,000万人」というインバウンド受け入れ目標を発表した。
果たして、その目標に到達しようとする過程で、日本の観光地はそれだけの許容が可能なのだろうか?
それは高水準の円安を維持し、輸出産業と観光産業を支えようという魂胆に過ぎないのではないだろうか?……
そんな暗澹とした疑念に苛まれながら、私自身がアウトバウントすることを夢見る日々なのに、なにせ円安ゆえに海外への旅路を閉ざすばかりなのだ。
それに反して、狸小路を貫く一本路はアジア大陸から訪れた人々で溢れている。
私はどこか羨望の眼差しで路を塞ぐようにして横列で歩く彼らをかわしながら、間隙を縫うようにして歩いた。
彼らアジア大陸から訪れた人々は、とまれかくまれ早朝から二条市場に点在する海鮮丼専門店に集い、高額過ぎる海鮮丼をためらいもなく堪能し尽くしている。
まるで北海道の海鮮をすべて腹に埋め尽くそうとするように。
そんな妄想から、私は彼らに劣らぬほどの海鮮丼への欲望を持して二条市場とは反対側に向かって歩き続けた。
夕刻の風のない狸小路商店街の一角に、真新しいホテルの1階にのぼりが掲げられていた。
目と止めるとガラス面に煌々とデジタルサイネージが投映されていた。
店内に足を踏み入れると、雲丹を思わせる形状の照明が彩る広々とした空間は海鮮丼専門店とは感じられない。
若いながら落ち着いた物腰と口調のスタッフに案内された。
QRコードによるデジタルオーダーは、もはや当然の流れであろう。
この日、私は一時の節制への句読点を打つべく、「天ぷら盛り合わせ5種」(1,490円)と「サーモンハラス焼き」(990円)、そして「焼きタラバ蟹」(2,990円)という贅に挑むことにした。
加えて関心をもたらしたのは、30分刻みオーダー制でセルフ方式の飲み放題である。
ビール、ワイン、日本酒、ウイスキー、多様な酒が取り揃う中で、私は一時の節制への句読点としてサーバーにグラスを起きビールを注いだ。
5月から自宅での禁酒を貫いたせいだろうか、この上なくビールの奥深い薫りが私の中を駆け抜けていった。
天ぷら盛り合わせ、サーモンハラス焼き、焼きタラバ蟹の揃い踏みしたテーブルは一気に華やぎ、私の渇望は頂点へと導かれた。
舞茸、大葉、海老、たまねぎ、かぼちゃの天ぷらそれぞれの具材の大きさに圧倒されながらも、ビールの刺激に応じて軽々と食べ上げ、薄味のサーモンハラス焼きと焼きタラバ蟹は白ワインを幾度となく求めた。
すると、店内の其処此処から中国語が響き渡った。
気がつくと外国人客が広い店内に点在していたのだ。
彼らも海鮮丼を食していた。
そう、この日の目的を忘れてはならない。
インバウンドに劣ることなく、否むしろインバウンドになり切って海鮮丼を浸ることが、私の目的なのだ。
メニュー表の中で存在際立つ「札幌プレミアム丼」(3,890円)が私の目を釘付けにした。
再びQRコードで注文し、あとは到着を待ちながら再びビールに切り替えて待つことにした。
そうして現れたそれは、メニュー表よりも眉目麗しい輝きを発していた。
しばらく凝視していると、頂上に鎮座している海老と目が合ったような気がした。
それは、海の贅沢を堪能することへの躊躇を醸し出すような悲しげな瞳に見えた。
それを振り払うように、海老と目を合わせることを避けて身も肝も一気に吸い上げると、得も言われる甘さが海の贅沢を堪能することへの躊躇を打ち消す。
さらに、いくらに塗れたまぐろもサーモンもこの上ない質感を称えているのだが、一向に御飯にたどり着くことができない。
ほころびるような卵焼きを攻めるとようやくにして御飯に辿り着いた。
強すぎない酢とまぐろもサーモンの調和に、私はただ寡黙に箸を投じては丼の奥へ奥へと進んでいく。
まさに、それは海の旅、海図のない海に我を忘れて酔い痴れる旅人なのだ。
いくらの一粒、御飯の一粒まで食べ尽くし、最後のビールを飲み干して束の間の海の旅は終わりを告げた。
私は再び節制生活に入る。
だがそれは、新たな旅を目指す小さな第一歩でもあるのだ。……
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