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【人生最期の食事を求めて】若さと活気と品格が共存する北陸再興の灯火。

2024年4月19日(金)
居酒屋花組(石川県金沢市木倉町)

2024年1月1日(月)。
定刻を15分程遅れで出発した飛行機はあの能登半島地震によって小松空港に着陸できず、余儀なくセントレア中部国際空港に回避した。
その記憶を拭い去れないままに、私は再び飛行機に搭乗した。
飛行機に乗っている時もしばしば脳裡をよぎるのは、あの地震の再来だった。

2024年1月1日、小松空港からセントレア中部国際空港への着陸変更

無事に小松空港に到着した時、私は大きな安堵に包まれた。
北陸鉄道バスに乗り込み、約1時間で金沢駅前に到着した。
そこには金曜日の夕刻を迎える他愛もない日常が広がっていた。
金沢駅もいつものように学生や社会人が、西洋系の観光客の姿が、
さらに巨大な鼓門の周辺には洋の東西を問わず記念撮影する人々が、以前と何も変わらぬ姿のまま存在していた。

金沢駅

片町方面まで歩き続けた。
金沢の愛すべき側面は、観光資源の数では比較にはならないのだが、
古都を基調とした観光としながら京都のようなオーバーツーリズムになっていない。
だから非常に歩きやすいのだ。

香林坊を抜けて路地に向かうと木倉町に出会う。
遥か300年以上の歴史を積み重ねたこの町は文字通り材木の町だったという。
現在では、古くからある店と混じってこじんまりとした居酒屋や小洒落たバーが点在している。
そんな様子を眺めながら散策することほど、私にとって至福の時はない。

居酒屋花組

19時になろうとしていた。
木倉町に連なる店の灯りが点り始めた。
その中で抜きん出るかのように風情を漂わせた店が音もなく暖簾を揺らしていた。
この町に古くから残る建物をリノベーションしたのだろうか?
中に入ると店の外の静寂が偽りかであるように活気に満ちている。
入口からすぐ近くのカウンター席に案内された。
奥行のあるカウンターのさらに奥には、どうやらテーブル席があるようだ。
厨房に立っている男性スタッフも酒や食事を運ぶ女性スタッフも、とにかく学生であるかのように若い。
客層も店構えが醸す印象よりも若い。
それはエリアのせいなのだろうか?
と言って不快な喧騒は一切なく、むしろどこか落ち着くのだ。

生のエビスビール(650円)
炙り〆鯖(1,180円)
蟹味噌松前焼き(1,380円)
白エビ唐揚げ(980円)

生ビールとしては珍しい「ヱビスビール」(650円)にそそられながら、一通りのメニューを覗いた。
金沢おでんやのどぐろといった定番もあるのだが、その気分になれないまま「炙り〆鯖」(1,180円)と名物の「蟹味噌松前焼き」(1,380円)、そして「白エビ唐揚げ」(980円)を頼んだ。
移動と散策のせいだろうか、エビスビールがすぐに消えた。
すぐさま追加でエビスビールを注文すると炙り〆鯖が同事にもたらされた。
鯖自体の鮮度を活かしながら、炙り加減と締め加減との絶妙なバランスを幾度となく噛み締めた。
「はーい、蟹味噌松前焼きになります」
これまでに身たことのない一品に、女性スタッフは辿々しい説明で残していった。
昆布に蟹の身と蟹味噌を置き七輪で焼くスタイルはもちろん初めてで、しばらく放置しておくと白エビ唐揚げが現れた。
やや塩加減の強い唐揚げはビールを催促した。
そこで私は僅かながらもひとつの不安が徐ろに飛来した。
それは痛風の予期せぬ爆発である。
昨年も旅先で2度も痛風を発症したことからプリン体を控えることに余念はなかったのに、
注文しているものと言えば痛風発症のトリガーばかりではないか?
「からり芋ロック」(580円)とともに、「加賀野菜天ぷら」(580円)、そうして「金沢治部煮」(1,380円)という郷土料理で痛風を騙そうと画策した。

加賀野菜天ぷら(580円)
金沢治部煮(1,380円)

蟹味噌松前焼きが次第に微煙を放ちながら、沸々と音を立て始めた。
カウンター越しの男性スタッフに尋ねると、
「そろそろ食べ頃ですよ」だと言う。
昆布を裂き、そこに蟹と味噌を載せて食する。
昆布の芳醇な香りと硬質な歯応えと蟹の風味が合体し、海の贅の極みが端然したままにも静かに支配する。
そこへ加賀野菜天ぷらや金沢治郎煮が次々と置かれていった。
そのボリュームにも開目したが、加賀野菜天ぷらは蟹味噌松前焼きの塩分過多を引き戻すかのような甘味ながら、どこか苦みを携えている。
そして締めを飾るのは、鴨肉やしいたけや四季折々の野菜、そして金沢名物のすだれ麩を煮たとろみのある出汁が特徴の金沢治部煮だった。
江戸時代から続くというこの郷土料理は、豪華なようでいて庶民に愛される味わいで、私は思わず「黒霧島ロック」(480円)を追加した。
もはやもう腹に余裕などなかった。

また次々と入口のドアが開き、洋の東西を問わず客が訪れる。
私は2024年1月1日への報復とともに、北陸再興のひとつのかすかな灯火を覗き見たような気がした。……

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