何故嘘予告をやってはいけないのか~ジュマンジを例にとって~

ジュマンジ ネクストレベルを見てきたを見てきたわけです。作品自体は面白かった。前作が綺麗に終わっただけに何で2をやるのかと思ったりもしたが、良くも悪くもジュマンジって感じで良い味出してたんです。(まあチャイナマネー効果かな?と思われる要素はあちこちにあったけど)

物語は前作 ジュマンジ ウェルカム・トゥ・ジャングル の完全続編。スペンサー、マーサ、ベサニー、フリッジの四人を軸として、今回はスペンサーのお爺ちゃんであるエディとその友人のマイロの6人が、あのジュマンジに巻き込まれてしまうという物語です。ゲームは例によって無茶で無理のライフ3。ドウェイン・ジョンソンの無茶苦茶なアクションも楽しめるし相変わらずジャック・ブラックが可愛いし、前作好きな人は安心して見に行っていいやつですね。

問題は映画館で流れていたトレーラーの件。

まあ1分くらいなのでまずはこの予告4を見て欲しい。問題のシーンは42秒くらいからなんですけど、ゲームの案内人のナイジェルが「Welcome to JUMAAAAAAANJI」っていかにもバグってますっていう台詞を吐いたり、砂漠のダチョウがぽつぽつと増えるバグみたいな映像が流れてきます。「ほーん、今回はバグったゲームの世界なんだ」ってなるじゃないですか。

そんなシーンないんだなこれが

嘘予告にも程がある。作品の設定としては、ゲームは確かにバグってるんですよ。スタート時にキャラ選択が出来なかったり、マーサ以外のメンバーは前回とは全然別なキャラとしてログインしちゃったり、その辺がバグってことで今作は話が展開されるわけですが、それとこの嘘予告のバグは全然別なわけですよ。

「いや、でも面白かったらいいんじゃない?」って言う人も居るかも知れない。けれども、嘘予告はやってはいけないんですよ。ぼくが思うその理由を説明します。

何でダメか? そりゃ簡単ですよ。多くの人は映画の予告を、映画を見る前に見てしまう。公開前に長期間の劇場断ちをしてるなら別ですが、わざわざ映画館で映画を見る人ってそこそこ定期的に映画館に足を運ぶと思うんですよ。そしたら予告編見るのはある程度避けられないわけで、私もこの予告を映画館で何回も見ましたよ(多分シティハンターとかで流れてた)。そして、「ほーん、今回はバグったゲームの世界なんだ」って思って映画を見に行ったわけですよ。すると、映画を見てる間、なにかとある毎に「え、いつバグるの?」って気になっちゃうわけです。話がうまく進んでいるシーンでだって「ここからバグって無茶苦茶になるの……?」って思いながら見ちゃうわけですよ。特にゲームのバグという話なのでどんなに理不尽な事でも起きうる。正直、ゲームクリアしてナイジェルがみんなを迎えに来たシーンでも「え、ここからバグって無茶苦茶になるの……?」って疑心暗鬼になってましたからね。

話の流れ的に予告編にはあったけど劇場で流れた本編からはカットされるシーン、なんてものは世の中には多々あります。私の世代だとめちゃくちゃ有名なのが劇場版ポケットモンスター ルギア爆誕における「命をかけてかかってこい」っていうやつとかね。予告編でも言ってるし、ビラ・ポスターにも書かれてたけど、本編では一切無かったですからね。幼心に「えっ」ってなりましたけど、まあジュマンジのバグ予告ほど本編と食い違う話ではないですね。

日本の映画配給会社って、特に洋画の宣伝をする時に時々やらかしがちなんですよね。それは「嘘でも何でも良いからとにかく人に来てもらわないと次を呼び続けられない」というような事情もあるんでしょう。その辺は日本の映画ポスターがダサいのは何故かという問題でも散々取り上げられているし、ここ数年で実際に「映画ファンが『コレジャナイ』っていうポスターは何故出来るのか」を配給側に聞いた様な記事で紹介されてもいます。でも嘘予告はダメですよ。それはやはり見る人に不要な思考誘導を掛けてしまって、映画そのものを楽しむのとは別の何かを考えさせてしまう。

最近だと嘘予告でダメだろこれってなったのは「ダンガル きっと、つよくなる」の予告ですね。これも主人公のギータがロンドンオリンピックに出場するかのような予告がなされていますが、実際に映画で扱うのはコモンウェルス大会。日本公開があった2018年に平昌オリンピックがあったことや、日本に於いてコモンウェルス大会の知名度が低いことを踏まえて行われた改竄なのでしょうが、やはり良くない。私この映画見てるときも「え、このコモンウェルス大会のあとに五輪編あるの?」って思いながら見てましたし……。それはそれとしてダンガルはめっちゃ面白いので見てください。Amazon PrimeVideoにもレンタル枠であります。

私もいち映画ファンとして色々思うところはある。映画館にどれだけ人を呼べるか、どれだけの人に興味を持って貰えるか、それが大事だというのは分かるんです。宣伝の仕方間違うとどんな名作だって低調に終わってしまう可能性があるのもわかります。でも、だからこそ、「これは明らかに嘘予告」と呼べてしまうようなものは作らないで欲しい。それぞれの作品の魅力を嘘偽り無く伝えてくれる予告編はきっと刺さるべき人には刺さるし、嘘予告で騙して呼んだお客さんは次に続かない。

映画の配給・宣伝を行う全ての映画人の良心を信じてやまない、そんな年の瀬の一幕であった。

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