教室の隅にいる女が、不良と恋愛しちゃった話。1┃秋吉ユイ
「終わった……!」
私、朝(あさくら)シノの高校生活3年目って、いわゆる氷河期だった。1組から9組まであったクラスは、私が1組で、1年生、2年生で培ってきた友達は全員9組だ。
校舎も違うし、新しいクラスでは友達ゼロ!!
クラス替え見て、教室配置見て、なかなか絶望的な高校3年目がスタートした。
「友達いないよ~」
とシクシクしてたのもつかの間、クラスに入って愕(がく)然(ぜん)とした。
「最近彼氏以外の男とヤリまくってんだけどぉ!」
「ぎゃはははっ。あんたやばいくらいヤリマンー!」
「あ──、学校つまんねー」
「つーか、ヤリてー」
(マジで!?)
ヤンキー、ギャルという表現も偏っているけれど、要は、新しいクラスはいわゆる1軍の方々だらけだったのだ。
1軍‥リーダー系・ムードメーカー・目立つ人・ギャルなど
2軍‥明るいけど取り立てて目立つわけじゃない・運動部の人たち
3軍‥クラスの隅にいる系・おたく系
一方私は、
「自分では2軍だと思いたい」
しかし、クセっ毛混じりの長い黒髪! 常に伏し目がちで垂れさがりの眉(まゆ)! 変化の乏しい表情! 無愛想+根暗+地味……。
このトリプルコンボで3軍のオーラが見事に漂っていた。つーか、3軍なんだよ、コノヤロー!
正直、地味……な私は、先行きがとにかく不安でたまらなかった。
「アアアー! どうしよう! 何このクラス! 人生終わった!」
(なんだこの1軍だらけ……。ギャルとか、派手な男子とか……!)
派手なクラスメイトと、地味すぎる自分。
(ウワァァァ怖いよ、ママァー!)
そして不安な私を、更に追い込む事件が起きた。
「私の座席はどこだ……」
身分の差に絶望的になりつつも、おそるおそる派手な生徒に囲まれている、自分の席についたその瞬間。
──────ガシャ──ン!
私の机が蹴(け)り飛ばされた。
「エ……」
机がね、目の前で蹴り飛ばされるとか、まず、日常で遭遇しない。お父さんによっては、ちゃぶ台がひっくり返されるとかギリギリあるかもしれないけど。とりあえず硬直していると、
「───おい」
低い声で私を見下ろす男が隣にいた。
ツンツンした黒髪に、三白眼の鋭い目つきの男子生徒だった。背丈は高く、制服は絶賛着崩し中で、全体的な容姿を含め、空気が既に派手。おそらくクラスメイトであろう彼は、目下大変不満そうにわたくしめを睨(にら)みつけておられた。(恐怖のあまり敬語化)
「ヒッ……」
(────コワ……!)
「おまえが座ってる席。そこ、俺の席なんですけど」
「エ……」
……。
………。
(……ま、まさか私、座る席を間違え……)
「わ──、ごめんなさ……」
慌てて立ち上がろうとしたそのとき、私をのせた椅子が突然動いて体が宙に浮いた。
「ギャ!」
悲鳴とともに、バランスを崩し、椅子ごとベシャーと床に崩れ落ちる。
「いった……」
『人の椅子の上に汚いケツのっけるんじゃねぇよ!』というように、無表情で私が座ったままの椅子を蹴り飛ばした男子。私がひとつ席を間違えて座ってしまった本当の席の主。
(え、今の、なに……? え?)
呆然(ぼうぜん)と、その男子を見上げる。
彼は私が椅子から落ちる様子を見届けると、自分の席に座ることなくズカズカと友達の輪に戻っていった。
「佐山(さやま)ひでぇー!」
「アハハハハ!」
一連の行動を眺めていた、彼の友達もケラケラ笑っている。
(───こ、怖!)
なんだ今の!
喋(しやべ)れよ! 席間違えちゃったのは悪かったけど! せめて口で言えよ!! どいてくれない? 的なさああ……。
(……バイ菌みたいに払いのけられた……)
ショックだった。
そして私をバイ菌のように払いのけた男こそ、佐山ケイジ。
まさかこの日から1ヶ月ちょっとでコイツが私の彼氏になろうとは、このときは予想もしなかったけど!
ウヒャ!
佐山ケイジは不良だった。他校にケンカを売られれば意気揚々と買い、教師には烈火のごとくブチギレる。
本人は「不良じゃねぇ!」と否定するが、バイ菌扱いされた私から見たら、十分不良である。
(つーか、コエーんだよ! なんで隣なんだよ! あっちいけよ!)
というわけで。友達もいない、いきなりバイ菌扱い、隣はケンカ上等暴力沙(ざ)汰(た)当たり前の不良……こうして私の高校生活最後の年は絶望的なまま幕を開けた。
クラスメイトとは、仲良くなるどころか……。
「ねえ、アンタ名前なんだっけ?」
「え? 私ですか?」
「そう」
「朝倉シ……」
「あー、やっぱいいや。掃除ダルいからー、あたしのかわりに床掃いといてくれない」
「あ、はい」
しょぼん。
「メイってばかだよねぇ、まじウケるアハハ!」(ドン)
肩にぶつかるクラスメイトと私。
「いった……」
「エ!? あ、ご、ごめんなさい」
「え? 聞こえなーい」
「ごめんなさ……」
「まぁいいや。んで聞いてよ~! 話の続きなんだけどさぁー」
「…………」
しょぼこーん。
名前すら、むしろ存在すら認識されない虫けら状態が続く。
(あぁぁぁムリィィィィ。もうやだ。登校拒否したい)
でも登校拒否する勇気もない……。
*
きっかけは授業中の出来事だった。
スーパー怖い山野(やまの)という女教師の国語の時間、教科書を忘れると、この教師はすぐカッとなる。
例に漏れず、佐山は教科書を忘れた。さすがの佐山も山野先生は怖いらしく、「ヤベエエ──」と青ざめ、私は密(ひそ)かにウケていた。
「んじゃ、つぎ。佐山……。教科書、2行目から読んで」
よりによってこの日、佐山ケイジは当てられた。
「あ……スイマセン……教科書忘れまし……」
「なに考えてんだあ!」
教室中に怒号が響く。
自分が怒鳴られたわけではないのに実に恐ろしい。
(プッ! ザマーミロ、不良め! 山野、グッジョブー)
と思っていたところに、
「じゃあ佐山は、朝倉に見せてもらって、教科書を読め!」
「…………」
……。
(私……!?)
「……エッ、あの私ですか?」
「同じこと2度も言わせるんじゃないよ!」
ヒィィイイ! 山野の怒りがコッチに!
「スススミマセン……!」
(……エ──!? 私が貸すのー!? うわーやめてよ! こんな不良に教科書貸したくない……! つーか不良だって、バイ菌の私の教科書なんて借りたくないだろうよ!)
「……アー、じゃあ」
佐山が、躊躇(ちゅうちよ)しながら声をかけてくる。
(ええ!? おまえも隣に仲いい女子いるだろ、そっちに借りろよ!)
「……は、はい、どうぞ」
以前、バイ菌扱いされたことを思い出しつつも、恐る恐る教科書を差し出す。
クラスメイトの視線は私と佐山の2人に集中している。
「朝倉さんが喋ってるとこ初めて見た、クスクス!」
っていう声も心なしか聞こえた気がする。
恐怖の山野授業もようやく終了し、佐山は教科書を私に返した。
「これ……」
「あ、どうも……」
2人の間の微妙な空気は、いつかのバイ菌扱いが原因かと思われる。
「あ、その、ありがとな、教科書! 朝倉さん」
「いえいえ……」
「……あー、……朝倉さんも山野に当てられなくてよかったな」
「……あ、さん付けとかいいですよ……」
「え?」
これは、下っ端(3軍‥シノ)をえらい人(1軍‥佐山)が〝さん〟付けで呼ぶもんじゃないですよ、っていう意味だったが、言ったあとに後悔した。
(なんか私、この不良と仲良くなりたいみたいじゃん……!)
「あ、いや、ていうか……」
オロオロ……。
「同学年だし……的な……」
オロオロ……。
「………その……言葉のあや……っていうか……!」
私のこの無謀な申し出に対し、佐山は、
────ガタン!
返事もなく無言で席に座り直した。
「…………」
せめて返事くらい……「うん」とか「いいえ」とか……。
ない……。ですよね……。
* * *
続きは1月17日公開予定