思わず応援したくなる! いじめられっ子だった出雲の神様「大国主」
イザナギとイザナミの国生み、天照大神と須佐之男命のきょうだいの諍い、愛と正義の人・大国主の冒険、天の神々が地上に降り立つ天孫降臨……。神話の面白いところをギュッと凝縮した一冊が、『やさしい心を育てる日本の神話』です。これ以上ないほど平易に書かれているため、他の入門書を読んで挫折してしまった人でも、きっと大丈夫! 大人から子どもまで、日本人なら知っておきたいことが満載の本書から、一部を抜粋してご紹介します。
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神様のお見合い
昔、出雲(現在の島根県)にオオアナムヂ(大穴牟遅神、後に大国主になる)という神様がいました。
オオアナムヂは、スサノオとクシナダヒメの六代目の子孫です。
スサノオの子孫だから、さぞ力強い神様かと思いきや、そうでもなく……。丸顔で体型もぽっちゃり型、いつもにこにこしていて、みなにやさしく、お人よしな性格です。また、花や動物たちに声をかけたりしていることがあり、みなから変なやつと思われていました。
オオアナムジには八十人の兄神(八十神)がいるのですが、やさしい性格が災いして、兄神たちからこき使われたり、いじめられたりしていました。
稲羽(現在の鳥取県)にヤガミヒメ(八上比売)という美人がいるという話が、出雲の地に伝わりました。
「ヤガミヒメは、俺のお嫁さんにする!」
「何だと! 俺がお嫁にもらうんだ」
「いや、俺だ!」
兄弟神たちは、みなで喧嘩を始めました。
「それでは、みなで今から稲羽に行って、ヤガミヒメとお見合いをしよう。ヤガミヒメにだれと結婚するか決めてもらうんだ。それで文句はないな」
「おぉ! それでいいだろう」
さっそく、兄弟神たちは出発の準備を始めました。特に重要なのはヤガミヒメへのプレゼントです。お見合い相手に気に入られたいと、たいそう立派な宝物を用意しました。
しかし、立派な宝物は重いと相場は決まっています。兄弟神たちは自分でプレゼントを担いでいくのは疲れるからいやだなと思いました。
「おいっ、オオアナムヂ。俺のプレゼントはお前が持っていけ」
「そうだ、俺のも持っていってくれ」
「俺のも」
「俺も」
とうとう、オオアナムヂは八十人全員の兄神のプレゼントを担いでいかなければならなくなってしまいました。
「これじゃ、自分が用意したプレゼントは持てないな。まぁいいか」
オオアナムヂは兄神たちが用意したプレゼントを大きな袋に入れて、よいこらしょと担ぐと、兄神たちの後ろについて稲羽に向かって歩きだしました。
稲羽の素ウサギ
出雲から稲羽まで砂浜の海岸に沿って歩いていきました。砂浜では足が砂に沈むので、とても歩きにくいのです。しかも、オオアナムヂは八十の宝物が入った袋を担いで歩かなければならないので、それはそれは大変です。オオアナムヂは疲れて歩くのが遅くなってきました。
「ねえ、兄さんたち、ちょっと荷物持つの手伝ってよ。少しゆっくり歩いてよ」
「いやだね。荷物は重いから持ちたくないね」
「そうだよ。それに少しでも早くヤガミヒメに会いたいからね」
ほかの兄神たちはどんどん先に行ってしまいます。そして、とうとうオオアナムヂは、先を行く兄神たちが見えなくなるくらい遅れてしまいました。
「あ~ぁ、何かいつもこうなんだよな~。ひどいよな~」
オオアナムヂは独り言を言いながら、とぼとぼと歩いていました。
オオアナムヂは稲羽の気多の岬(現在の鳥取県鳥取市白兎海岸付近)までやってきました。
「稲羽の国に入ったぞ。ヤガミヒメのいるお屋敷までもう少しだ。夕食までには兄神たちに追いつけるだろう。よかった、よかった」
そう言って、背中の袋を担ぎなおそうと腰をかがめると、浜の砂の中に何やら変なものが落ちています。
「あっ、ウサギだ! 大変だ、大けがをしているぞ!」
それは、全身の毛皮がむしられたウサギでした。毛をむしられたあと、時間がたっているらしく、傷口が痛々しくひび割れています。ウサギは傷の痛みに耐えられなかったのでしょう、気を失っています。
「うわっ、どんなことをしたらこんな大けがするんだ!? このままじゃこのウサギ死んじゃうぞ!」
オオアナムヂは、背負っていた宝物の入った袋を投げ捨てると、ウサギを抱きかかえて川に走りました。そして、きれいな川の水でウサギの傷をていねいに洗いました。
「うわぁ、傷口に塩がふいてる。けがをした上に海に落ちたんだ。さぞかし痛かったろうに、かわいそうに」
オオアナムヂは川辺に生えているがまの穂をたくさんつみ取ると、日陰のすずしい場所に、がまの穂をほぐして柔らかいベッドをつくりました。そして、そこにウサギをそっと寝かせました。
ウサギが気づいた時には、もう夜になっていました。目をあけると、オオアナムヂが焚き火をしているところが見えました。
「あぁ、あたし、この人に食べられちゃうのね」
うさぎは、ぐったりとしてそう言いました。
「あ、ウサギ君、目が覚めたかい」
オオアナムヂはそう言うと、ウサギの方に来て、がまの穂のベッドを直してウサギが寒くないようにしてやりました。また、ウサギに水を飲ませてあげました。
「それに、僕は君を食べたりしないよ。だから、安心してお休み」
「あなたは動物じゃないのに、ウサギの私と話ができるの?」
オオアナムヂが自分に話しかけたので、ウサギはびっくりして言いました。
「それとも、あなたはウサギの仲間なの?」
オオアナムヂはにっこり笑って、首を横に振りました。
「僕は、出雲の国津神(下界の神のこと)でオオアナムヂと言うんだ」
ウサギはそれを聞くとからだをビクンとふるわせて、からだを硬直させました。そして、恐ろしいものを見るようにオオアナムヂを見つめました。
「どうしたの? ウサギ君」
ウサギのただならぬ様子に、オオアナムヂは心配して声をかけました。
「君のけがは普通ではありえない大けがだった。そんなけがをすることになった事情を教えてくれないか?」
オオアナムヂが自分のことを本気で心配してくれていることがわかったので、ウサギはホッとしたのか、泣きじゃくり始めました。そして、ぽつりぽつりと事の顛末を話し始めました。