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なぜか憎めない「不良インド人」…インドは人をおおらかにする #2 ガンジス河でバタフライ

エッセイストにして旅人、たかのてるこさんの出世作として有名な『ガンジス河でバタフライ』。ハチャメチャな行動力と、みずみずしい感性が反響を呼び、長澤まさみさん主演、宮藤官九郎さん脚本でテレビドラマにもなりました。コロナの影響で、海外旅行に行けない今だからこそ、改めて読んでみたい本書。てるこさんと一緒に、インドの旅気分を味わってみませんか?

*  *  *

「ぼったくり」は当たり前!

おっさんは頼みもしないのにずっと私についてきて、ブッダガヤ中をガイド付きで案内してくれた。

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「アナタ、次、どこ行きたい? ワタシ、なんでもするヨ!」

おっさんの態度は、いかにも自分のいいところをアピールしようという魂胆が見え見えだったけど、その必死な感じがなんだかいじらしかった。このおっさんも、ホントはそんなに悪人でもないんだろうなと思えてくる。おっさんは知識が豊富で説明も分かりやすかったし、冗談を言い合っていたおかげで、今日は時間が過ぎるのがやけに早いような気がした。

「もう夕方だし、そろそろ戻ろうかなぁ」

ブッダガヤの寺はほぼ見てまわったし、私は今日のうちに夜行列車で出会ったファミリーの家に行きたくなってきたのだ。

「なら、ワタシにまかせて!」

おっさんはそう言うと、客待ちのオートリキシャマンに親しげに声をかけ、値段交渉を始めた。どうやらこのおっさん、この辺りじゃ相当、顔がきくらしい

「カレ、ワタシの友だちネ。アナタ、40ルピー(約120円)でOKヨ」

それは安い。来るとき、オートリキシャに「いくら?」と聞いてみたら、初めの言い値は確か100ルピーだった。行きはバスで来たから、帰りはリキシャにしてみるか。そうと決めたら、オサラバだ。私はそそくさとオートリキシャに乗り込んだ。

「じゃあね、おっさん。もうあんまり悪いことやっちゃダメだよ!」

「ワタシ、ワルくないヨ! 日本のみんなに、ワタシ、ワルくないって言っといてネ!」

日本のみんなになんてどう言やぁいいんだよっ、と思いつつ、私は調子に乗って胸をバーンと叩いて言った。

「オーケー、オーケー! みんなに言っとくよ、私にまかせときなって!!」

リキシャから、おっさんにバイバイする。おっさんは必死になって手を振っていた。

「日本のみんなに、ヨロシクネーッ!!」

インドは人をおおらかにする

おっさんの姿が見えなくなってから、私は彼がガイド料もマージンも請求してこなかったことに気がついた。どうやらおっさんは、私が最初に「勝手にガイドしようが、頼んでないサービスに金は払わん!」と言ったのを律儀に守ったようなのだ。

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ぼったくり商売をやってきたおっさんの肩を持つわけではないけど、確かにインドにはモノに値段があるようで無いようなところがある。観光客に「いくら?」と聞かれれば、商売人は当然、自分の欲しい金額を答えるだろう。

「高い金を払わされた」などと後でブーブー言うくらいなら、どうして納得のいくまで値段交渉しなかったのだと言いたくなる。客の方は、提示された値段でオーケーなら買えばいいし、その値段が自分にとって高いなら買わなければいいだけの話なのだ。

インドを旅しているうちに、私は自分がだんだんおおらかになってきたような気がする。毎日うだるように暑いし、いろんな人間がうようよいるし、みんな時間にルーズだし、何でもあり状態のこの国では、小さなことが気にならなくなってくるのだ。いや「気にならない」というよりはむしろ、「いちいち気にしてられない」と言った方が正しいかもしれない。

ただおおらかはおおらかでも、自分の言いたいことはハッキリ言えるようになってきた。性格にメリハリがついてきた、とでも言おうか。たいていのことは大目にみるけど、怒るべきときにはきちんと怒る。そうしないことには、理不尽なことを言ったり約束を守ろうとしないインド人に振り回されてしまうからだ。

インドという国は、人を否が応でも強くする。以前なら、うさん臭いオヤジに付きまとわれると、相手から逃げることしか考えていなかったというのに、最近じゃこっちにも余裕が出てきて、どうせなら楽しんでやろうという気持ちにさえなってきた。

なにしろ、悪名高い“ブッダガヤの不良インド人”ですら、私にとってはただの「気のいいオヤジ」でしかなかったのだ。

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ガンジス河でバタフライ たかのてるこ

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