教室の隅にいる女が、不良と恋愛しちゃった話。3┃秋吉ユイ
佐山は不良である。紛うことなき不良である。たとえ本人が「不良じゃねぇ!」と否定しても、誰がどう見たって世間一般じゃ不良の部類に入る。
ところで、テレビドラマとか映画とかでよくある「校門の前に他校生(属性・不良)がいる」というシーン、あれは本物だった。
「ウルァァア!」
って、狂ったように叫びながらクラスの男子が校門まで走ってケンカとかして、
「やめろー!」
って先生が必死に止める──これも実在する光景だった。私の今までの平穏な人生の中で、こんなのを目の当たりにするのは初めてだった。
小学校とか中学校とか荒れてなかったし、高校に入っても2年生までは、「他校と抗争? ハハッ、ドラマだけでしょ?」って思っていた。
でも、3年生になって佐山と同じクラスになって、ドラマの中のことはすべて本当だったということに気がついた。しかも、うちのクラスの男子は、他校生とケンカするのにほぼ全員飛び出してしまうのだ。
いやいやお前ら、他にやることあるでしょー。
「ウルァァア!」とか言ってる場合じゃないっしょー。
「舐められてたまるか!」とか言って、見えない敵と戦ってる場合じゃないっしょー。「男子って子供だよねぇ」
って言おうと、女子を見回したら、
「がんばって!」
「あっははははは」
「負けないでねー♪」
って女子も応援していた……。
「完全に私の味方ゼロ……!」
しかも、我が愛すべき彼氏の佐山くんは、
「俺が行く。おまえらは後から来い」
という感じで彼らを率いていた。
実は私は、佐山の不良な面に今まで一切ふれてこなかった。面倒くさいし、怖いし、よくわかんないし、なにより、あまり見たくない側面だからってスルーしていた。
*
「???」
なんだ?
「あの、なにか……」
「朝倉さんってあんた?」
びっくりした。見知らぬ不良が声をかけてきたからではなく、
「朝倉さんってあんた?」
「いえ、違います」
と否定してたことに。
「私、朝倉じゃないっすよ」って。
「否、朝倉!」って。
相手もびっくりしてたけど、自分もびっくりした。
「え、違うの?」
いや、違うかと言われたら違わないんだけど、私の防衛本能が働いたっていうか……! って……アッ!
こいつ写真を持ってる! 私と写真見比べてやがる!
「いや、でも同じ顔だけど」
「違いますね」
迷わず即答した。
「あれぇ~?……そっか……じゃあ、あんた?」
不良はミドリコを指差した。
「え、違います。朝倉シノですか? この女です」
大親友である幼馴染ミドリコは、躊躇なく私を指差した。
「アレ……?」
「この女です」
「エ、あれ、ミドリコ……おま、ちょ」
「なに照れてんの? さっさと挨拶(あいさつ)してきなよ!」
ドーン! ミドリコが私の背中を押した。不良と目が合う。
「やっぱテメェじゃねぇか!」
「ギャー!」
今度は私がスタートダッシュを決め込んだ。
「アッ! 逃げやがった!」
背後に不良の声を聞きながら、ダッシュで逃げる! 心臓ばくばくばくばく!
(な、なんなんだ。なんなんだろう!?)
佐山の仲間の不良軍団? それとも佐山に敵対してる不良軍団? どっちにしろあれだ! 私は不良とは関わりたくない! 彼氏が不良でも、それとこれとは話が別!
「ちょ……待てっ!」
「ギャアー!? 追いかけてきたー!?」
「待って!!」
「ギャーギャー」
逃げ惑う私を不良たちが追いかけてくる。
自慢じゃないけど、私は足だけには自信がある(自慢だ)。小学校、中学校はリレーの選手、私の俊足と勝負したがる男子は数知れず。
高校ではさすがにスピードも落ちてきたけど、それなりに自信があった。
「なんで逃げるんだよ!」
でも、追いつかれた。
「追いかけてくるから逃げました!」
「朝倉ってあんただろ!?」
「私は確かに朝倉ですけど、あなたの探してる朝倉じゃないです」
自分でもなにを言っているのかわからない。
「いいから来い!」
ヒィー!
公園に連れて行かれ、とにかく恐怖バリバリ、おまたがキュッてなるあの感じ。
公園のベンチにドッカリ座って、中央に陣取っている人物は、目立つスキンヘッドに、鋭い目つき。濃い顎(あご)ひげ。裾(すそ)が長い学ランを着こなし、横幅がでかいその姿は──。
(エー! ば……番長だ──! エエー! こんな人まだこの時代にいるんだ!?)
いや、雰囲気からして番長とかいうレベルじゃない……。ヘッド……! 隊長……! いや……、ぞくちょう……!?
そう、族長だ!
「ゴッド、佐山の女を連れてきました」
ゴ ッ ド ?(神)
やべえー、もう族長とか番長とか通り越して神だった。お祈りしなきゃいけない存在だった。
「おう」
神は私を一瞥(いちべつ)するとこうおっしゃった。
「佐山の女か」
「はい……」
「まあ座れや」
「はい……」
私は神に従った。
「今日はな、佐山のことで話があるんじゃ」
「ああやっぱり……」
佐山関連か……。
(て、なんで佐山関連で私が連れ出されなきゃいけないの!)
私、関係ないじゃん! 彼女だけど、でも関係ないじゃん! も──、むかつく──!
「どのようなご用件ですか殺さないでください命だけはお助けください」
とは言え、人間建前と本音って大事だと思う。私は立派な低姿勢で応答した。さすが私! なにより惜しいのは命! 神様に逆らっちゃだめだよ!
「用っちゅーのはな……今からここに佐山、呼び出せや」
「エッ……」
(呼び出し……。ウ、ウワァー。すげぇこれ、不良漫画でよくあるパターンすぎる!!)
「……よ、呼び出しって電話とかで……?」
「そうじゃ。はやくしろや。必ず1人で来いと伝えろ」
コレってアレでしょ、ヒロイン(私)が人質になって、ヒーロー(佐山)が助けに来てくれるんでしょ? すげぇ典型、すげぇお決まり。
「え、でもあの、ちょっとそれは」
ヒロインである私はもちろん抵抗するよね! こんな敵対する不良軍団の中に、佐山1人で来させるなんて……。
(私のために佐山を危険な目に遭わせられないっ)
みたいなかんじで、憧(あこが)れの悲劇のヒロインとはそういうものだから!
「できない です……」
「できないか、そうか……」
「はい……」
「なに余裕ぶっとんじゃ!」
「ヒ──ッ」
神様が雄たけびあげなさった──。
(よ、余裕ぶってるわけじゃないんだけど……!)
でも実際、余裕ぶっていたかもしれない。だって、きっとミドリコが佐山を呼びに行ってくれているはずで、そうしたら佐山1人で来ることはなく、クラスメイトたちと助けに来てくれるはず……。
まぁ、佐山より警察を呼んできてほしいところだけど。
私は意外にも冷静に、時間を稼げば、誰かが助けに来てくれるとは思っていた。
実際、私の予想は的中していた。
「佐山くん──!」
同時刻、ミドリコは走った。
「あれ……朝倉のお友達の……」
「あああのっ、実はあたし逃げてきたんだけど」
「逃げ……?」
訝(いぶか)しげな佐山に、ミドリコは息を切らせながら告げた。
「シノが捕まって」
「だめっ、佐山は絶対呼びませんっ」
悲劇のヒロイン・シノがここに爆誕した。
「いい度胸だな……? じゃあこう佐山に伝えておけや……」
(ドキドキ)
そして、ゴッドの手が私へと振り下ろされる。
(……ってエエーッ!?)
人質に手を出すの!? これは聞いてませんよ~~! あ、でもコレもよくあるパターンじゃない? 振り下ろした瞬間、寸前のところでヒーローが現れ……。
バッチ────ン!
現れなかったー! 殴られたー! 少女漫画のヤツ、どこいったー!
「首あらってまっとけや! 下克上じゃ!」
神はそうおっしゃると、天使たちと共に去っていったのだった。
頬はとても痛かった。
* * *
続きは1月19日公開予定