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×ゲーム 4┃山田悠介

今思えば、やりすぎだったと思うが、当時はそんなこと微塵も感じなかった。何をしても、何を言っても、蕪木は何も抵抗してこなかった。本を読んだまま、身じろぎ一つしなかった。そんな態度に余計腹が立ち、英明たち四人、いやクラス中でのいじめはだんだんとエスカレートしていった。

森野も勘づいていたと思う。でも何を言うでもなかった。クラスの誰一人としてかばう者はおらず、森野に告げ口する者もいなかった。そんな人間に、『×ゲーム』とはいえ、告白をしたのだ。蕪木毬子という存在を思い出してしまった今、英明の中で屈辱感が蘇った。

「あいつは今頃、何をやっているのかね」

蔑んだ口調で剛司が言った。

「知らねえ。死んだんじゃねえの?」

普段なら決して使わない言葉が口をついて出る。

「なんか、中学でもずっといじめられてたらしいぜ」

誰から聞いたのか知らないが、哲也がそう言った。

「いじめられてた奴はどこへ行ってもたいていいじめられるからなあ。運命ってこった」

「友達だって、どうせ一人もいないだろ。だから余計いじめられるんだ」

蕪木のことを知っているのは小学校の時までで、学区が違ったので、四人とも彼女とは中学が別々だった。もし中学が一緒だったら、相変わらず彼女をいじめ続けただろうか。

「ああいう奴は絶対に結婚できないぜ。あんなの男が逃げちまうよ」

「でも好きな男ができたら、きっと地獄の果てまで追いかけていくぜ」

「怖い怖い」

皮肉にも、四人は蕪木の話題で一番盛り上がってしまっていた。アッという間に二時間が過ぎ去った。



担任の森野を含む六年三組のメンバーは一次会を終え、居酒屋の前でたむろしていた。

「さむー」

あまりの寒さに顔が凍ってしまいそうだった。身を縮ませてブルブルと震えながら、英明は仲間との会話を楽しんでいた。森野はすっかりできあがってしまっており、生徒に身体を支えられている光景は何とも情けなかった。そんな姿を見て、英明は苦笑いを浮かべた。

「仕事のほうはどう? 大変? 雨の時とか辛いんじゃないの?」

名前を思い出せずにいる隣の女にそう聞かれた。

郵便局に勤めていると言うと、必ずといっていいほどまずこの質問がくる。

「この季節に雨とか降られると、きついよやっぱり。郵便だって濡れちゃうし、運転だって怖いし」

「郵便とか濡れちゃったらどうするの?」

「配るよ、もちろん。濡れ方がひどい場合は一度局に持ち帰って、修正するけどね」

「修正?」

「セロハンテープで破れたところを直すんだよ」

「ふーん。何か面倒くさい仕事だよね」

そのとおりだ。人の郵便を扱うわけだから気を遣う。些細なことで客は苦情を言ってくる。

封が少し開いているのは、中身を見たからじゃないのかとか、郵便が濡れて字が読めないとか、その他にも些細なことでいちいち問い合わせてくる客だっている。世の中、想像以上に変な奴が多すぎる。

郵便が届かない。

書留が届かない。

誰か盗んだのではないか。

それともどこかに間違えて配達してしまったのではないか。早急に調べろ。

人を不快にするためだけにかけてくるのではないかと、疑ってしまうような電話もしょっちゅうだ。

「郵便を配達しててさ、変なエピソードとかないの?」

突然そんなことを言われてもなと思いながら、何かあったかなと呟いた。

「変な客は多いけどね……」

「変な客? 例えば?」

「毎日毎日局に電話してきてさ、今日、私宛の郵便はありますかって聞いてくるんだ」

「何で?」

「家族には知られたくない郵便があるみたいなんだ。借金関係とかさ」

「で、どうするの?」

「勿論、伝えるよ。郵便の内容によっては、夜になったら取りに行きますって言うんだよ」

「苦労してるねー」

「どこも同じだろ」

そこで一旦会話が途切れると、剛司がやってきた。

「今みんなで考えたんだけど、二次会はカラオケに決まったから」

「カラオケ? まあ、別にいいけど、それじゃあ早く行こうぜ。もう寒くて仕方ねえや」

身体がブルッと震えた。もう限界だ。

「それじゃあ、みんなちょっと集まってくれ」

剛司が大声を上げると、みんな一斉に静かになった。

「これからカラオケに行こうと思うんだけど、行く人は一応、手を挙げてくれる? 人数を調べたいからさ」

剛司が言うと、半分くらいが手を挙げた。

英明もその中の一人だった。身を縮めながら左手はポケットに入れ、右手を適当に挙げたまま、寒さにじっとしていられず、身体を横に揺らしていた。

その時、気になるものが、視界に入った。

屋台。コンビニ。

たむろしている若者たち。

車。

いや、違う。

誰かがこちらを見ている。英明はその人間に焦点を合わせた。

男か、いや女だろう。長い花柄のスカートにコートを着ている。そして大きめのサングラス。頭には被るようにしてスカーフを巻いている。

まるでバラエティ番組に出てくるスパイのような格好だ。

「なんだ、あいつ」

サングラスの女はじっとこちらを見ている。

「英明、おい英明」

剛司に肩を揺すられて、ハッとした。

「どうした。行くぞ」

「あ、ああ」

サングラスの女が気になり、もう一度振り向いてみたが、そこには誰も立っていなかった。気のせいか……。

「何だ。どうした」

「うん? うん……」

英明は曖昧に頷いて、女が立っていた場所から視線をそらした。

「いいから行こうぜ」

「あ、ああ。行こう」

英明はそう呟いて、二次会へと向かったのだった。

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